仙石浩明の日記

2007年4月24日

技術者の成長に役立つ会社とは?(1) hatena_b

ここ何ヵ月か、就職活動中の多くの学生さん達と話す機会を得ました。 いろんな方々と話しているうちに、 会社選びをしているはずの当の学生さん達の多くが、 いい会社の条件について確固たる基準を持っているわけではない、 という思いをますます強くしました。

「安定している会社」「福利厚生が充実している会社」「技術を教えてくれる会社」 などなど、 なんとなく「いい会社」のイメージを思い描いているだけで、 それが自身の人生にどう役に立つか、 筋道だった考えを持っているわけではないことに 改めて驚かされます。

安定している会社

「いい会社」のイメージとして、多くの学生さんがいだくものの筆頭は、 「安定している会社」「儲かってる会社」「勝ち組企業」でしょう。

先月 4/14 19:30 NHK で、 特報首都圏「就職戦線異状あり・格差社会の不安」と題する番組があった。 新卒の学生さん達が「勝ち組になる」ことを目指して 就職活動を行なっているのだという。
そりゃ、勝てるものなら勝ちたいと思うのは人の常なので、 これから社会に出ていこうとする学生さん達が、 将来勝ち組になれるような就職先を選ぼうとするのは至極当然のことだと思う。
ところが
学生さん達曰く、「勝ち組になるため、儲かっている会社に就職したい」。

ここんところ選挙などもあったからか、 「格差是正」を訴える声を聞くことが多かったのですが、 そもそも「格差」ってのは、 誰と誰との間の格差なんでしょうか? 「儲かっている会社に勤めている人」と、 そういう「いい会社」に雇ってもらえない人との間の格差なんでしょうか? 自身の実力は関係なくて、 「いい雇い主」に雇ってもらえるか否かが重要なんでしょうか? こういう発想には、まるで 「いい家柄」の出身かどうかを気にする階級主義者や 「血筋」を気にする人種差別主義者と似たニオイを感じてしまうのです。

「儲かってる会社」に勤めていて、高い給料をもらっていたとしても、 その能力は会社の中だけでしか通用しないものかも知れず、 逆に、儲かってない会社に勤めていたとしても、 自身の能力を磨くことを怠らなければ、 会社を飛び出して活躍できるようになるかも知れないってのは、 誰もが思っていることですよね? 昔は儲かっていたけど、 今では会社が傾いて、ついにはリストラされてしまった、 ってのもよく聞く話です。 「最後に頼れるのは己れの実力だけ」って 誰もがよく口にするわりには、 こと「格差」を考えるときに限っては、 「実力」より「どんな会社に勤めているか」のほうが先に出てくるのは なぜなんでしょうか?

「実力を磨きたいのは山々なれど、 実力を磨かせてくれるいい会社がない」とか、 「実力うんぬん以前に、 まず先立つモノ (給料) がないと」とか、 「実力はあるつもりだが、 それを正当に評価してくれる会社がない」とか、 そういった声が聞こえてきそうです。

確かに、ほとんどの会社は 実力を磨かせるより、コキ使うほうを優先するかも知れませんし、 実力をきちんと評価してくれない会社が圧倒的多数なのかも知れません。 しかしながら、世の中の 99.9% までそういう会社だったとしても、 実際に勤める会社は (当たり前ですが) たった一社でいいんです。 圧倒的多数の会社が社員の能力を伸ばすことに非協力的だったとしても、 そんなことはどーでもいいじゃないですか。 重要なのは自分が実際に就職する会社がどんな会社であるかであって、 世の中の会社の平均がどんな状況かではないのですから。

福利厚生が充実している会社

「安定している会社」を求める以上に不可解なのが、 「福利厚生の充実度」を気にする学生さん達です。 いったい会社に行って何をするつもりなんでしょうか?

自身の実力で会社に利益をもたらし、 その見返りに報酬を得る、というのなら筋が通っていますが、 それなら「福利厚生」みたいな中途半端なものを求めるまでもなく、 ストレートに自身の貢献に見合う「お金」を要求すればよい話です。 「お金」を求める自信も度胸もないからこそ、 「制度」としての「福利厚生」を求めるのでしょうが、 実力が足らないのを自覚しているのなら、 「福利厚生」を享受するなんて余裕をかましている場合じゃないでしょう?

これから社会に出ていく学生さん達が最優先で取組むべきことは、 会社と対等に渡り合える実力を身につけるために、 いま何をすべきか考えることでしょう。 そんな実力を身につけることは自分には永遠にムリと思う人がいるかもしれませんが、 ムリと思えば思うほど実現は遠退きます。 世の中にはいろんな会社があるのですから、 自身の能力を磨くのに適した会社は、 見つけようとしさえすれば、きっと見つかるはずです。

「20:80 の法則」 (パレートの法則) というものがある。 「売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している」などの経験則が知られるが、 じゃ、その 2割の従業員だけでドリームチームを作れば、 すごい会社が作れるかというと残念ながらそうは問屋がおろさない。 「2割の従業員」がふたたび「20:80」に分かれてしまうのである。 精鋭チームを作ったつもりが、 そのチームの中の多数 (8割) は売上にあまり貢献しなくなってしまう。 逆に、ダメな従業員だけを集めたダメダメチームを作っても、 その中の 2割ほどは頭角を現し、チームを率いるようになる。
つまり能力を向上させる最良の方法は、自分が上位 20% に入ることを目指せるような集団に属することである。 まさに「寧ろ鶏口となるも牛後となるなかれ」。 上位20% に入ることがどうしても無理なら、 それはその集団が向いていないということである。 牛後に甘んじるよりは思い切って飛び出すべきだろう。

会社をイメージで選ぶのではなく、 どんな会社が自分にとって「いい会社」なのか、 考えることから始めるべきではないでしょうか。

技術を教えてくれる会社

「安定している会社」や「福利厚生」を求めるのに比べれば、 まだマシなのが「技術を教えてくれる会社」を求める学生さん達です。 少なくとも自分の能力を向上させようという意欲は持っているのですから。 しかしながら、 「受け身」の姿勢であるという点では、 大差ないのかも知れません。

「技術を教えてもらう」という態度では、 おそらく永久に上位 20% に入ることはできないでしょう。 「技術は伝えるものではなく伝わるもの」なのですから、 教える側に「充実した伝える方法」(例えば完備された指導マニュアル) を 求めている限り、 決して師匠に追い付くことはできません。 技術の習得に関して誰よりも貪欲であり続けなければ、 上位 20% を目指すどころか、 平均的な先輩たちを追い越すことすら覚束ないことでしょう。

つまり、技術を学ぼうとするなら、 その時点での実力はサテオキ、 「伝わる状態」にかけては自分が一番だと自信を持って言い張れる (つまり、その技術を学びたいという情熱にかけては誰にも負けないと言いきれる) 状態からスタートしなければならないのです。

「技術力のある会社に就職すれば、 そこそこの技術を身につけることができる」 そう考える人が多いのかも知れませんが、 これは二重の意味で間違っています。 すなわち、 「伝わる状態」ができていなければ学べないという意味で間違っているだけでなく、 仮に技術を身につけることができたとしても、 「そこそこの技術」では役に立たないという意味でも間違っています。

インターネットなどの普及によって技術に関する情報が巷に溢れる昨今、 「そこそこの技術」であれば、 会社に勤めなくてもいくらでも身につけることができます。 いやむしろ、 会社に勤めることよりも学ぶ意欲のほうがよほど重要でしょう。 技術力のある会社に就職したから技術が身につく、 なんて甘い考えでいる限り、 できることといえば「技術に慣れる」ことどまりでしょう。

長年やっていれば、誰でもそれなりの技術を習得できます。 極端なことを言うと、 どんなに能力がない人でもそのときの自分の状態にあった程度のことを 実践していけば、 その積み重ねの中でやがてはなんらかの技術を習得することができます。
しかし、このようなものは本来、技術の伝達とはいえません。 これを技術の習得というのも不適切で、 ただ単に技術に慣れただけというのが正確な言い方でしょう。
じつはこのように、 経験と慣れだけで技術を獲得してきた人は世の中にたくさんいます。 私はこういう人を「偽ベテラン」と呼んでいます
組織を強くする技術の伝え方 (畑村 洋太郎 著) から引用

「偽ベテラン」レベルの能力では、 「会社と対等に渡り合える」わけもなく、 そんな「使えない」能力を身につけるくらいなら、 別の分野を目指すべきだった、ということになってしまうかも知れません。

だから、高い技術力を持つから「いい会社」なのではなく、 その技術が自分自身が本当に身につけたいと心の底から思えるような 技術か否かのほうが重要だと思いますし、 技術の高さ低さよりは、 自身が技術を身につけていこうとする際に、 「役に立つ」会社か否かを見極めることのほうが重要だと思います。

では、どんな会社が技術者の成長に役立つ会社なのでしょうか?
続きは次回に...

Filed under: 元CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:46

15 Comments

  1. IT業界のどこが問題か

    mixiの某コミュでヌルい質問をしている就活中の皆さんはよく読むように。

    Comment by clausemitzの日記 — 2007年4月24日 @ 17:31

  2. 福利厚生を求めて会社を選ぶべきでない、というのはまだ分かるが、福利厚生の充実度を気にするべきでないというのは視野が狭すぎるのではないか。
    私は学生結婚して、子供もいる状態で就職活動をしたが、会社の福利厚生制度は十分に吟味して就職活動した。自分にもしものことがあったときに家族に少しでも良い対応をしてくれる会社が望ましいと思ったからだ。
    たとえ生命保険などで金銭面をカバーできたとしても、育児や子供の教育面をサポートしてくれない会社で働くことがはたして家族の幸せに繋がるだろうか。福利厚生だけの問題ではないが、生きる環境を求めて会社を選ぶことがそんなに不合理なことなのだろうか。

    Comment by ちょっとおかしい — 2007年4月24日 @ 21:57

  3. 平凡な人は平凡な就職活動をすればよい

    1. 仙石浩明CTO の日記: 技術者の成長に役立つ会社とは?(1) これは自分…

    Comment by 備忘録 — 2007年4月24日 @ 22:41

  4. 平凡な人は平凡な就職活動をすればよい

    バカな連中を論破してつもりでいて、多分、仙石さんの言葉は届いていないと思う。相変わらず、学生は福利厚生の充実した会社を目指している可能性が高い。仙石さんの前ではもう、そういうことは口にしないだろうけど。

    Comment by 趣味のWebデザイン — 2007年4月24日 @ 22:44

  5. [会社組織]新卒採用のお手伝いをやっていて思うこと

    ここ2年ばかり新卒採用のお手伝いをさせてもらっていて、毎年この時期になると就職活動の学生さんと話す機会があります。毎年似たような感想を抱く。 学生は仕事が分からない 「安定している会社」「福利厚生が充実している会社」「技術を教えてくれる会社」などなど、なん

    Comment by GoTheDistance — 2007年4月24日 @ 23:38

  6. 福利厚生については会社の従業員に対する姿勢を見るという点においては有効な気がします。
    報酬でその分(=福利厚生分)を受け取るのもいいですが、報酬と実力や評価がきちんと連動していることが前提となりますね。残念ながらそいった会社少ないかもしれません。
    報酬としてはストックオプションが有効なんじゃないかと思ったりもします(公正に分配されることが前提ですが…)。
    by「正論」を聞くと気持ちがいい者でした。

    Comment by k2jp — 2007年4月24日 @ 23:45

  7. どんな仕事をしても、年齢がいくつでも妥当性を欠いた慣習に囚われず、なぜそうなるのかを自分の頭で考えることが大切。出来ないと自覚しているのならもっと泥にまみれて努力をしろ。ごくごく当たり前だと思えることが、当たり前に出来なくなってしまう。いい会社と言われる条件は、何も考えが無ければ大企業と言われるところに就職するのがその時点での最大の期待値を得ることが出来るという世間知だと思います。

    Comment by miya — 2007年4月25日 @ 01:22

  8. 平凡な人は平凡な就職活動をすればよい

    1. 仙石浩明CTO の日記: 技術者の成長に役立つ会社とは?(1) これは自分…

    Comment by 備忘録 — 2007年4月25日 @ 09:44

  9. どっちもどっちで極端なんだよなぁ。

    また微妙に乗り遅れなのですが。。。
    技術者の成長に役立つ会社とは?(1) (仙石浩明CTO の日記 さま)
    平凡な人は平凡な就職活動をすればよい (趣味のWebデザイン さま)
    とりあえ

    Comment by 国民宿舎はらぺこ 大浴場 — 2007年4月29日 @ 03:47

  10. 現在のSI企業において、管理職への昇進時のコメントに「入社後、一貫して○○業界の○○システム開発を行って来ました・・・」という内容があまりにも多く「何かが違う!」と常々思っていたところ、やはり「偽ベテラン」だったのかと思った。
    長年、同じ事を繰り返し行えば、脳を使わずに脊髄で仕事が出来てしまう。
    この様な管理者が増えている事自体が、「偽ベテラン」の集う「偽SI企業」であり、狭く固執したとらえ方の多くを生み出し標準化している。
    更に、SIを人件費単価で管理することを標準としている以上は、破壊的で素晴らしい発想はなど期待出来ない。
    これは日本の標準なのか?

    Comment by mo — 2007年5月6日 @ 12:54

  11. 技術者の成長に役立つ会社の答えが書かれてない。ただ「甘いこといってんじゃねーよ」って言いたかっただけ?
    答えは次回に期待したいが、日本の経営者から得られる答えなんて役に立たんだろう。
    これからの学生は、もっと海外に目を向けるべきだ。

    Comment by 意味わからん — 2007年5月6日 @ 17:53

  12. 福利厚生が利用できるだけの余裕のある会社であってほしいものだ

    Comment by k — 2007年5月11日 @ 13:15

  13. どこを向いたらワクワクする気持ちになるか

    <てるやん>
    久しく忘れてて、ガツンときた当たり前のこと。
    仙石浩明CTO の日記: 技術者の成長に役立つ会社とは?(1)
    「技術力のある会社に就職すれば、そこそこの技術を身につけることができる」そう考える人が多??1.1/)

    Comment by あるSEとゲーマーの四方山話 — 2007年5月17日 @ 11:41

  14. 仙石浩明CTO の日記: 技術者の成長に役立つ会社とは?(2)

    (via 仙石基準を満たしそうな会社 経由 仙石浩明CTO の日記: 技術者の成長に役立つ会社とは?(2))
    私が考える「技術者の成長に役立つ会社」の条件です。 他の人は異なった考えを持つかもしれませんし、 私自身も常に考え続けているので、 「役立つ会社」の条件が変ってく…

    Comment by atsushifxの七転八倒 — 2007年5月22日 @ 03:39

  15. 某国内大手のグループ会社の技術者です。
    昔から技術の結晶として『特許』というものが有りますが、私の会社は特許に対する評価がゼロに等しい。
    本当の技術は、素晴らしい発想が原点であると考えます。
    従って、偽SI企業であると確信した。

    Comment by も — 2007年6月14日 @ 20:33

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