このエントリーを含むブックマーク 2009年10月27日

パネルディスカッション ~CTO のから騒ぎ for the future~ に登壇しました

先日開催された楽天テクノロジーカンファレンス2009 で、 パネルディスカッション ~CTOのから騒ぎ for the future~ にパネラーとして登壇しました。 他のパネラーはベンチャーの CTO の方々。 いずれも 「CTO サミット」 (という名の飲み会) で毎度ご一緒している皆さんなので、 飲み会と同様とても盛り上がりました。 モデレータの森さま (楽天技術研究所所長)、 どうもありがとうございました。

このパネルディスカッション (という名のビール飲みながら放談会, ただし私は飲めないのでウーロン茶) の議事録を書いてくださったかたがいらっしゃったので、 適宜引用しつつ感謝の意を表します。(_O_)

まず冒頭の自己紹介の部分から:

KLab 株式会社の仙石です。 就職してから 16~17 年。 卒業してしばらくはベンチャーに縁がない生活(論文書き)。 ある日突然転職することになり、2000 年に転職。 気の向いたことにどんどんのめり込む性格。 技術者が経営をやるのってどういうこと? という質問はまた後ほど。 KLab を設立してから、 どんどん仕事を捨てて自分を変えている (ピーターの法則に陥らないように)。 部下が成長したらすべて任せてしまう。 すべての仕事を部下に振り終えたら、私は CTO をやめる予定。 早く育成しないと。

CTO と聞くと、 「技術者でありながら経営にも関わるとはどういうこと?」 と疑問に思われるかたも多いかと思うのですが、 私の場合はあまり難しく考えていないのです。 以前インタビューを受けたときにも話したことがあるんですが:

(やってみたいと思ったことがあったら) 片っ端からやってみればいいじゃないですか。 だって、世の中には、好きなものか嫌いなものかしかないですからね。 好きなことからやって行けばいいじゃないですか。 好きなことが幾つかあるとかじゃなくて、私の場合、 好きなことがあったらやってみるんですよ。 やってやって、あるとき飽きちゃうみたいな感じなんです。

たまたま目の前に、 「起業に参加するチャンス」があって、 面白そうだから乗ってみた、 というだけのことなのです。 やってみて向いてないと思えば、 思った時点で止めてしまいます。 例えば実際、 論理回路や遺伝的アルゴリズムの論文を書くこととか、 (前職で)定時直後に退社して日が暮れるまでテニスする生活とか、 (大学の時に)数学者目指して勉強をするとか、 (浪人中に)哲学への道を目指そうとしたこととか、 中途半端なまま止めちゃったことも沢山あります。

パネルディスカッションでは、 Ruby 開発者として有名な まつもとゆきひろ さんも、 質問しました:

まつもと 技術者としての上がりとしての CTO ってどうですか?

仙石 CTO が上がりとは思っていない。

まつもと キャリアパスの途中としての CTO は。

仙石 キャリアパスって全然意識していない。 興味のあることをトコトンやって、飽きたらやめる。 今は私が定義した CTO の道をドンドンやるって感じ。 他の人は違うと思うが。

私の受け答えがぞんざいな言葉になってますが、 もちろん小心な私がこんな物言いをするわけはなく、 単に議事録上での表現ですから、 まつもとさんに対して何て口のきき方だ、 などとは思わないように願います。;-)

私にとっての CTO は 「上がり」 どころか 「キャリアパスの途中」 でもなく、 手当たり次第にやってみたことの一つに過ぎないのですが、 幸か不幸か(?) CTO は 9年間も続いていて、 私の今までの人生で二番目に長い記録です。 一番長いのはもちろんコンピュータに対する興味で、 こればっかりは中学生の時以来、 30年以上も変わらず続いています。 よく飽きないものだと思うのですが、 これが 「向いている」 ということなのだろうと思います。

というわけで、 いろいろ手当たり次第にやって、 向いてないことはさっさとあきらめて、 結果として向いてることだけが残る、 という人生を私は歩んできました。 将来のキャリアパスを描いて目的意識を持って努力する、 いわゆる「真っ当な」生き方とは正反対の生き方なので、 他の人に勧めてよいのか微妙ですね。

さて、 CTO って聞くとみなさんはどんなイメージを持つでしょうか。 十人 CTO がいれば十通りの答が返ってきそうですね。 私自身、(株)ケイ・ラボラトリー (当時, 現 KLab) の創業に加わった当初は、 CTO が何をする人なのか具体的なイメージはまるで持っていませんでした。

 仙石さんは何をされているんですか?

仙石 ボケなくちゃいけませんか? 何もしてません(笑)。
会社を興したときは何から何までやってました。 プロマネ兼プログラマ兼システム管理者。 社内でヘルプデスクをやる羽目になったり。 年を経て人が増え、部下に自分がやってた仕事をどんどん任せた。 次から次へと部下が成長していくので、 私がやっていたことを部下ができるようになる。 あるとき、 「自分がデータセンターに行かなくても何とかなるな」と思い、 仕事をどんどん捨てていった。

これこそが CTO の役割なのかな、と思った。 会社の中でやるべきこと、 やったほうがいいことを新たに作って、 明確にした上で部下に押しつける。 そんな感じでやってきた。 自分が今仕事をしているのはよろしくないことだ。 一生懸命部下に押しつけるのが仕事だ。

もうひとつ言わせてもらっていいですか? CTO っていうのは、 「技術者にとっての社長」という役割を果たすべきではないのかな。 技術者はビジネスに対して本音の所では興味が持てない。 なので、社長に本当に心の底から共感できるかというと、微妙。 そういう社員も多いんだろうな、 そういうときにビジネスのことばかり言ってないで技術の話もすれば、 共感できるんじゃないか。

話長いよ、と思われるんじゃないかと恐れて端折ってお話ししたため、 ちょっと分かりにくかったかも知れません。 特に 「何もしないことが CTO の仕事」 という言い方は誤解を招きかねない言い方なので、 ちょっと心配しつつの発言だったのですが、 幸い twitter では好意的な反応ばかりでした (_O_)。

ちなみに私は今まで twitter を使ったことがなかったのですが、 このパネルディスカッションで twitter の威力を思い知り、 改心して twitter のアカウントを作りました。 よかったらフォローしてください。

このときパネラーの藤本さん (グリー) が twitter で 「仙石さんのあとひとことは3 minutes」 って書いていた (話長くてスミマセン) のですが、 その時 twitter を使っていなかった私は気付かなかったのでした。

当然ですが企業は利益を出さなければ存続できませんから、 24時間儲ける仕掛けのことばかり考えているビジネスの戦略家が社長をやるべきです。 ところが技術者にとってビジネスというのは、 その重要性はもちろん分かってはいるんですが今一つ興味が持てない、 というのが本音ではないでしょうか。 かくいう私も、 9年間 CTO をやっていながら、 儲ける仕掛けのことを考えるよりは、 コンピュータのことを考えていたいタチです。

そういう 「ビジネスより技術が好き」 という技術者にとっては、 目を輝かせて会社の将来を語る社長に対して心の底から共感できるかというと、 なかなか難しいところもあるのではないでしょうか。 社内が 「ビジネスを創り出していこう」 という活気で満ち溢れれば溢れるほど、 疎外感を感じてしまう技術者が出てきてしまう気がします。

技術者ってのはおしなべて真面目ですから、 社内の雰囲気に共感できない自分に対して嫌悪感を抱いてしまう。 あるいはビジネスに興味を持つ自分を無理矢理にでも演じてしまう。 でも、何が好きかなんてのは根源的なものなので、 興味が持てないことを無理に好きになろうとしても土台無理じゃないかと思うのです。 そんな技術者に対して、 「ビジネスに関心が持てないのは悪いことじゃない」 というメッセージを送るのが、 CTO の役目なんじゃないかと私は思っています。

仙石 私の持論は 「餅は餅屋」。 技術とビジネスを考える人がいてもいいけど、 24時間技術のことだけを考える人がいて、 24時間ビジネスのことを考える人がいればいい。 会社なんだから、 役割分担しつつ進めていくのがいい会社だと思う。 技術者はビジネスのことは考えなくていいから、 みんなをアッと言わせることをやろうよ、と。

ちなみに、 社長が技術者であれば技術者が疎外感を感じることはないでしょうし、 実際そういった理由で社長が技術者である会社を選ぶ人も多いのだと思いますが、 会社は儲けなければ存続できません。 高い技術が儲けにつながるとは必ずしも言いきれない昨今、 社長が技術のことばかり考えていて大丈夫なのでしょうか?

「餅は餅屋」 の話を受けて、 役割分担するなら、 お互いをリスペクト (尊敬) することが重要だよね、 という話を藤本さんが投げ掛けました。 私も全く同感です:

藤本 お互い(技術者と非技術者)どうやってリスペクトするのか。

仙石 自分ができないことをできる人を尊敬すればいい。ウチの会社はそうなっている。

藤本 エンジニアリングを追求していきたい人とはどういうコミュニケーションを?

仙石 週 1 の定例ミーティングで、私は会計の話をしている。技術者であっても、いろいろなことに興味を持ってほしい。できなくてもいいから。他の人が何をしているかは分かってほしいし、分からなければリスペクトできない。私も会計の素人だが、会計の話を延々としている。

KLab(株) は 8月が期末で、 ここ何週か決算の話を定例ミーティングですることが多かったので 「会計の話」 になったわけですが、 技術職以外の職種についてもきちんと知って、 お互いをリスペクトできるようになって欲しいと思っています。

さて、 「技術者の成長にとって一番役に立つ会社」 を目指している私としては、 どこかで技術者の成長の話をしたいと思っていたのですが、 会場からの最後の質問で 「自分の部下や新卒 1 年生に、 今後こういう風になるからちゃんとやっておけというのがあれば」 という問いかけがあった (いい質問ですね!) ので、 話しました:

仙石 技術者という職種はすごく難しいと思う。 誘惑がたくさんある。次から次へと新しい技術が出てくる。 「ちょっと」 Ruby を勉強しておこうか、って思うじゃないですか。 いろんな言語が出てきて、 何から何まで「ちょっと」勉強してみるというのがあまりにも多すぎるのでは。 「Hello, world.」 を表示させるだけのように、 表層だけ学んで時間を浪費することが多すぎる。 考えることが大事というのはまったく同感。 どんな時代でも、考える力がすべて。 どこまで深く考えられるか。知識を求めることに貪欲になりすぎるな。

知識だけ詰め込んだ 「偽ベテラン」 に陥らないようにして欲しいと思います。

といった感じで、 パネルディスカッションは終わったのですが、 すでに時間を大幅に超過しているにもかかわらず、 森さんから 「最後に、CTO からの熱いメッセージを手短にお願いします」 と言われたので、

会社に対する不満がウェブで山ほど出てくるが、 嫌々する仕事は成長に役立たない。 嘘でもいいから「この仕事をやっててよかったな」と思ってほしい。 どんな仕事でも好きでやってほしい。 今の仕事を楽しむところから成長は出てくる。難しいですけどね。

実は最近読んだ本 「脳に悪い7つの習慣」 に、

脳は気持ちや生活習慣で、その働きがよくも悪くもなる。
この事実を知らないばかりに、脳力を後退させるのはもったいない。

脳に悪い習慣とは、
(1)「興味がない」と物事を避けることが多い
(2)「嫌だ」「疲れた」とグチを言う
(3)言われたことをコツコツやる
(4)常に効率を考えている
(5)やりたくないのに我慢して勉強する
(6)スポーツや絵などの趣味がない
(7)めったに人をほめない
の7つ。

と書いてあって、 なるほどな~と思いながら読んだので、 仕事を楽しんで欲しいという話をしたのでした。 私自身はなにごとも楽しんで取り組むタチなので今一つ実感できないのですが、 なにごとも嫌々やってると身につかないだろうなぁと思います。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 11:47
このエントリーを含むブックマーク 2009年10月1日

新卒の内定者とかけて、がらがらの道路ととく。その心は?

KLab(株)は、 2007年から新卒採用を行っています。
今年も例年通り、10月1日に内定式を行いました。

- o -

みなさん、内定おめでとうございます。 社長のお話が終わり、 みなさんは自己紹介が終わって、 緊張もだいぶほぐれてきたのではないかと思います。 これからの私の話はどーでもいい話なので、 リラックスして聞いてもらえればと思います。

唐突ですが、渋滞が起きる原因って知っています?

みなさん、いきなり何を言い出すんだ、という顔をしていますね?

渋滞が起きる理由なんて、 そりゃ車が多いからに決まってるだろう、 という声が聞こえてきそうです。 確かに道路を流れる車がどんどん増えると、 交通量がある限界を越えると、 渋滞になるのはアタリマエのような感じがします。

でも、 大渋滞が起きているときと、 混んではいるけど流れているときの交通量と、 どのくらい違うと思いますか? あ、もちろん工事や事故などで車線が減っている場合は、 そのぶん交通量は減りますから、対象外とします。 高速道路など流れを妨げるものが特にない道路で起きる、 いわゆる自然渋滞についてのみ考えます。

確かに大渋滞のときって車がたくさん詰まってるので、 交通量が非常に大きいような気がしますが、 みんなノロノロ運転だったり、 ひどい渋滞だと完全に流れが止まってしまっているときもあるわけで、 極端に言えばいくら車の台数が多くても、 スピードがゼロであれば、 ゼロに何台掛けてもゼロですから、 交通量としてもゼロです (正確には、 交通量[台/時間] = 車数[台] * 車速[距離/時間] / 車間[距離])。

ぐだぐだ説明してしまっているからすでにおわかりだと思いますが、 実は普通に流れているときも、 ノロノロ渋滞も、 交通量の観点で言うとほとんど変わりません。 むしろ渋滞一歩手前の流れているときの方が流量は多いかもしれません。

さて私は何を言いたいのでしょうか?

道路というのは押し並べて車を流すことが目的であるわけです。 つまり交通量というのは道路の「成果」ですね。 流れている道路と、大渋滞の道路、 「成果」が変わらないのに大渋滞の道路は大変な苦痛を伴います。

同じ成果が得られるなら、 苦痛が無い方がいいに決まってます。 ところが先月の大型連休のように、 交通量が増えると決まって大渋滞が起きますし、 会社では受注量が増えるとデスマーチが起きたりしますし、 「忙しい忙しい」 が口癖の人は、 TODOリストが長くなればなるほど気が急いてしまって仕事が手につきません。 先手先手で仕事をまわしている人と、 後手後手にまわってしまっている人とでは、 やってる仕事の量自体は大差なくても、 天と地ほどの評価の差がついてしまったりします。

どうやったら渋滞を防げるのでしょうか? 交通量が増えてしまってから防ごうと思っても、 大量の車を前にしては、 なすすべありませんよね。

みなさんは今、がらがらの道路なのだと思います。 どうやったら渋滞を起こさずに成果を出し続ける人生を歩むことができるようになるのか、 これから入社までの半年間じっくり考えてみてはいかがでしょうか。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 11:46
このエントリーを含むブックマーク 2009年9月2日

自分が何が出来るかじゃないんですよ。何がやりたいかだと思うんです。

以前、(株)ウェブキャリアの川井社長(当時)に取材していただいて、 お話しした内容が 「Webエンジニア武勇伝」として掲載されていたのですが、 現在その「武勇伝」のページが一時的に閉鎖されているのと、 幸い川井様から転載の許可をいただけたので、ここに全文を掲載します:

川井
本日は、Webエンジニアの武勇伝ということでお願いいたします。 趣旨については、メールでも触れましたが、 弊社の行っているエンジニアのキャリア支援事業の一環として、 「エンジニアのためのロールモデル」を提示したいと思っておりまして、 トップエンジニアの方々のインタビューを通じて、 そのヒントを提供できればと思っております。
仙石
なるほど。こちらこそよろしくお願いします。
川井
仙石さんのようなすごい方になると、 若いエンジニアからすると雲の上の存在でもあるので、 親近感を与えるためにも子供の頃のお話などもお聞きしています。
仙石
どういうところが「雲の上の存在」と感じるんですかね?
川井
ポジションもありますし、 ネット上でお名前がいっぱい出ているというのが大きいんじゃないでしょうか。
仙石
ポジションといってもたかがベンチャーですし、 どうということはないと思いますよ。 名前が出ているのも昔から長いことやっているだけですから。 まあ、そう思う人が多いっていうのも私なりには分かっているんですけども、 ある程度、技術が好きな人であればほとんどの人が、 私と同程度のことはできるんじゃないかなって気がします。
もしも、自分にはそんなことができないって思うんであれば、 できないと思うことこそが出来ない理由なのかなって思います。 自分で自分をけなしてもしょうがないんですけど、 私がやってきたことなんて誰にでもできることなんじゃないかなっていうのが 正直な感覚なんですよ。 ある意味、やる気があればできる世界じゃないでしょうか。
川井
なるほど。 ブログで拝見した「向き不向き」という話もありますし、 のちほどその辺りも詳しくお聞きしたいと思います。 それでは、まずはコンピュータとの出会いからお聞きしたいと思います。 コンピュータとの出会いは中学1年くらいだとおっしゃっていましたけど、 学校でという感じですか?
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カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 08:02
このエントリーを含むブックマーク 2008年7月22日

技術力が高い人こそ、ビジネスモデルの良し悪しにもっと敏感になるべき

先週参加した社外の飲み会 (私は飲めないので専らウーロン茶でしたが) で、 Linux ディストリビューションの開発や、 カーネル技術を売りにしたコンサルティングで有名な某社の カーネル技術者とお会いしました。 彼はいま伸び盛りの若手カーネル・ハッカーなのですが、 オープン・ソース・ソフトウェア (以下 OSS と略記) ビジネスについて熱く語ったり、 ディストリビューションをサポートし続ける使命感に燃えていたのが、 わたし的にはちょっと気になりまして、 ひとこと言いたくなってしまいました(お節介ですね ^^;)。

ディストリビューションのサポート体制 (カーネルのバグにも的確に即応できる体制) を維持し続けることによって、 多くの企業で Linux を安心して使ってもらうことができて、 それが OSS の発展につながるし、 それこそが自分の使命だと彼は考えているようでした。 それはそれで意義あることだとは思うのですが、 彼のような優秀な技術者には、 「サポート」という目的だけに捕らわれず、 もっと自由に興味の赴くまま学び、 自らのスキルを伸ばしていって欲しいと思ったのです。

OSS 関連のビジネスというと、 すぐ、 サポートでお金を稼ぐとか、 OSS 活用のコンサルティング事業とかの発想をする人が多いのですが、 誰もが思いつく事業だけに、 ビジネスモデルとしては稚拙な部類と言わざるを得ません。 高い技術力がそのまま売りにつながった前世紀ならいざ知らず、 競争が激化してビジネスモデルの巧拙が事業の成否を大きく左右する昨今、 いまだに何の「ひねり」もない「OSS サポート」に固執するのは、 いかがなものかと思うのです。

技術コンサルティング事業というと聞えはいいのですが、 要は「人月ビジネス」です。 どんなに優秀な技術者 (「ピンからキリまで」 の「ピン」ですね) であっても、 一人月 1000万円払ってくれるお客がいるはずはなく、 素人技術者 (以下「キリ」と略記) の 5~6倍の人月単価を稼げば御の字というのが実状ではないでしょうか。 だからコンサルティング事業といいつつ、 高額のソフトウェアを売り付けてライセンス料を稼ぐことのほうが、 メインの目的だったりする会社もあるわけです。

ただあいにく OSS の場合は高額のライセス料を請求するのは無理があります。 せいぜい保守料と称してわずかばかりの費用を請求するのが関の山でしょう。 だから OSS のコンサルティングというのはあまりよいビジネスモデルとは言えません。 ものすごい労力とコストをかけてピンをそろえて (お客に高いね~と言われつつ) 5倍の人月単価を設定するくらいなら、 コストをかけずにキリを大量に集めて格安な人月単価で売りさばく (いわゆる派遣ビジネス) 方が、 経済合理性にかなうというものです。

キリに成長の機会も与えずに 「若いだけが取り柄の労働力」 として派遣して使い捨てにする事業は当然非難されるべきですが、 労働時間では測りしれない価値を持つはずのピンを人月換算してしまう事業もまた、 非難されるべきではないでしょうか? 人月ビジネスでは売上を増やすには人員を増やさざるを得ず、 売上が拡大しても決して余裕は生まれません。 いやそれどころか、 どんどん仕事を片付けてくれる優秀な技術者にどんどん仕事が集中して、 優秀な技術者ほど疲弊する、 という理不尽なことも起り得ます。

頼りにされるあまり、多くの仕事がその人に任されることになる。 できる人に、仕事が集中するのは、よくある話で、 その人は、回りの期待にこたえようとして、遅くまで残業して、 休日も出社したりする。 この状態が、一過性のものだったら良いんだけど、 慢性的なものになると、肉体も精神もぼろぼろになっていく。

ピンとキリでは生産性で何十倍~何百倍 (私は 3桁の差があると日頃から主張していますが) もの差があるのに、 わずか 5~6倍の売上の差しか出せないのは、 「儲ける仕掛け」が無いからです。 ピンの労働時間を人月換算するのではなく、 ピンの技術なしには実現できないような (つまり競合他社には構築不可能な) 儲ける仕掛けを編み出して売上を増幅し、 それによって生じた余裕でピンの仕事量を思いきって抑えることによってこそ、 その優秀さに報いることができるのだと思います。

そうすれば仕事の負荷が軽くなったピンは、 ピンならではの新しい価値を産み出すことに注力できます。 新しい事業のシーズを産み出す研究開発でもいいですし、 あるいは OSS から恩恵を受けている企業であれば、 ピンの人が (勤務時間中も) OSS コミュニティで活躍することを奨励することによって、 OSS の世界に「恩返し」することもできます。

前世紀は技術力が高ければ儲ける仕掛けを誰でも作ることができた時代でした。 つまり優れたソフトウェアなら結構な値段で売ることができたのです。 マーケティングがしっかりしていれば、 開発費を大幅に上回る売上も達成できました。 典型例はマイクロソフトですね。 ピンが作ったソフトウェアを何億本も売ったわけで、 ピンの労働力が人月単価の何万倍もの価値を生んだことになります。 その後 OSS の発展と普及により、 ソフトウェアを売るだけというビジネスモデルは行き詰まりました。 今ほど新しいビジネスモデルが重要となった時代はないと言えるでしょう。

さらにいうと、 技術者が優秀であればあるほど、 その「シーズ」は一般人の「ニーズ」からかけ離れていく、 という難しさもあります。 例えば、 優れたカーネル・ハッカーの技術を、 真に必要とする人が世の中にどれだけいるのか?という問題です。 技術の素人である大多数の消費者にとっては、 小難しい技術のことなんか全く分からないし興味もありません。 高い技術力が売れるどころか、 逆にその高度さが「需要」を減らしてしまう原因となりかねません。

高度な「シーズ」と一般の「ニーズ」を結び付けるには、 高度なビジネスモデルが求められるわけで、 技術者がハッキングの合間に思いつくようなビジネスモデルではお話になりません。 優れたカーネル・ハッカーが、 四六時中寝る間も惜しんでカーネル・ソースのことばかり考えているのと同様、 優れたビジネスモデルを考え出すビジネスの戦略家 (以下、戦略家と略記) は、 四六時中寝る間も惜しんで儲ける仕掛けのことばかり考えています。 素人考えのビジネスモデルが通用すると思うのは、 C言語を覚えたばかりの素人技術者が、 カーネル・デバッグに挑もうとするくらい無謀なことでしょう。

当たり前のことですが餅は餅屋であり、 技術のことは技術者に任せるべきですし、 儲ける仕掛けのことは戦略家に任せるべきです。 優秀な技術者は、優秀であればあるほど、 優秀な戦略家と組むべきなのです。 ところが世の中の大半の会社はそうなっていません。

超優秀なハッカーは互いに認め合う技術者同士ばかりで集まり、 ビジネスモデルの重要性を軽視してしまいます。 ビジネスモデルなんて自分たちだけでも考え出せると思ってしまい、 社員のほとんどが技術者、なんて会社になってしまいます。 実地に売り歩く営業の必要性にはさすがに気付いて営業担当者を数人雇ったり、 あるいは社長が自ら売り歩いたりするようになるものの、 儲ける仕掛けの構築には無頓着で、 旧態依然としたビジネスモデルのままだったりします。 そのため事業を拡大しても余裕が生まれず、 ちょっとした外部環境の変化でたちまち立ち行かなくなる恐れがあります。

逆に、優れた儲ける仕掛けを生み出すことができる有能な戦略家は、 一日24時間、儲ける仕掛けを考え出すことばかりに夢中で、 その仕掛けを下支えする高度な技術のことは軽視してしまいます。 技術なんて下請けをいじめればなんとでもなると考えてしまい、 決して技術者をパートナーとは考えません。 技術者を、売るものを作ってくれる便利な人と考えてくれればまだマシなほうで、 下手するとコストばかりかかる必要悪くらいの勢いで、 原価削減の手法をあれこれ考え始めたりします。 しかし技術を軽視したツケは、いろいろな形で払うことになるでしょう。 事業を下支えする技術が脆弱であれば事業の継続性が危ぶまれますし、 技術面で他社との差別化が行なえずに他社の参入を許してしまうかも知れません。

これでは技術者と戦略家の利害はどんどん対立してしまいます。 この悪循環をくい止める唯一の方法は、 技術者が ──特に、優秀であればあるほど── ビジネスモデルの良し悪しを嗅ぎ分ける嗅覚を持つことです。 誰が優れた「儲ける仕掛け」を生み出すことができるのか、 技術者が判断できるようになれば、 人月ビジネスから抜け出す見込みのない会社を見限ることが できるようになるでしょう。

対称性を考慮すれば、 戦略家が技術の優劣を嗅ぎ分ける嗅覚を持つことによっても、 利害対立の悪循環をくい止めることが (理論上は) 可能ですが、 高度に専門化・細分化してしまった技術を、 技術者ではない戦略家に (優劣を判断できるほどに) 理解してもらうことは現実的とは思えません。 戦略家と技術者が協力しあうには、 まず技術者の側が相手を理解する必要があるのです。

そうすれば、 より優れた戦略家のもとに優秀な技術者が集まるようになり、 戦略家と技術者の利害が一致する方向へ淘汰圧が働きます。 すなわち、 戦略家が優秀な技術者と組むことにより、 技術者には (従来想像していた以上に) 優劣の差があって、 どのレベルの技術者と組むかが事業の成否を大きく左右する、 ということが明らかになってくるはずです。

優秀な技術者が事業にどれだけ貢献し得るか実感できれば、 優秀な技術者に対して、その能力に見合った待遇 ──報酬はもちろんですが、 仕事量を減らして OSS コミュニティへの貢献を推奨するなど── を提供すれば優秀な技術者が集めやすくなる、 ということも実感できるようになることでしょう。

技術者の側からすると信じられないことだとは思いますが、 ピンもキリもそんなに大した差ではない (せいぜい 5~6倍) と、 技術者でない人の大半は感じています。 縁遠い技術になればなるほどこの傾向は強まるようで、 例えばカーネル技術者の中でもメンテナとデバイス・ドライバの開発者とでは、 (技術者の目から見れば) だいぶレベルの差がありますが、 (技術者以外の人で) その能力差を実感できる人は皆無でしょう。

技術者の待遇向上の鍵は、 技術者がビジネスモデルの良し悪しにもっと敏感になること、 すなわち会社における技術職以外の職種の役割についてもっと理解し、 技術職以外の人達についても、 その能力の優劣を見分けられるようになることにこそ、 あるのだと思います。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 07:46
このエントリーを含むブックマーク 2008年4月23日

学生のうちに身につけて欲しい、たった一つの能力

母校の教壇に立ちました。

20年前に学んだ教室 (私が情報工学科で学んだのは 1987年~1990年) で、 20歳年下の後輩に対して行なった、 私にとって初めての授業体験でした。 勉強会やセミナーで講師をしたり、 学会で発表したりは何度もあるのですが、 授業というのは、 また趣きが異なりますね。 2コマ (約三時間) 自由に話してよい、 ということだったので、 そんなに長時間は話がもたないんじゃないかなぁ、 と少々不安を感じながら臨んだのですが、 幸い多くの質問を頂けて、 気づいたら 30分ほど時間を超過していました。

聞き手の学生さん達は現在 4回生で、 そのほとんどは大学院に進学予定ということだったので、 「学生のうちに身につけて欲しい、たった一つの能力」 というテーマでお話しました。 もちろん、「たった一つ」だけだと 3時間も話を引っ張れないので (^^;)、 私が卒業してから現在までの 16年間の社会人生活で学んだことの中で、 一番重要と思うことを三つ挙げてお話したのですが、 三つもあると覚えてられないでしょうから、 ということで「たった一つ」を強調したのでした。 それは、

質問すること

です。

産業界(特に IT 業界) が大学教育に求めること、 というと「コミュニケーション能力」なんかが 筆頭に挙がってしまうことも多い今日このごろですが、 「みんなと仲良くできる」だけでいいのは小学生までで、 社会で活躍していく上で本当に必要な能力といえば、 間違いなく「考える力」でしょう。

で、どうやって考える力を伸ばしていくかですが、 教科書を読んだり問題集を解くだけで身につくわけもなく、 いろんな人の考えを見聞きしながら自分なりに考えてみて、 次第に考える力が身についていくものだと思います。 だから、 出会った人それぞれから、 どれだけその人の「考え方」を吸収できるかが、 一生の間にどれだけ考える力を身につけられるかを左右することになるでしょう。

もちろん、より多くの人に出会うように努めれば、 より多くの人の考え方を参考にできるわけで、 だからこそ「コミュニケーション能力」が重要と主張する人もいるのでしょうが、 スゴイ人に出会えても、 その人から学べなければ折角の機会も生かせません。 優れた人からどれだけ多くのものを引き出せるか、 すなわち臆せずどんどん質問できるかこそが、 考える力を伸ばす最大の原動力になるのだと思います (もちろん質問する能力も一種のコミュニケーション能力ですが、 「コミュニケーション能力が重要」と言ってしまうと範囲が広すぎて、 焦点がぼやけてしまいます)。

例えば、講演会等で、質疑応答の時間になった時、誰も質問しなくって、 大きな会場が静まり返る、という状況はよくありますよね? その静寂を打ち破って質問できるでしょうか? ほとんどの人は、たとえ質問したいことがあっても、 なかなか声を出せないんじゃないでしょうか?
私が個人的に尊敬している人って、 ほとんど例外なくそういう場でも臆することなく質問できる人なんですよね。 「分からない」と言える勇気を持つことと、スキルアップできること、 との間には強い相関があるように思えてなりません。

というわけで、 今日の私との「出会い」を最大限生かすべく、 講演を途中で遮っても構わないので、 (空気を読まずに) 遠慮無く質問してください、 と話してから本題へ移りました。 まあ、私との出会いが 大した足しにならなかったとしても、 恥ずかしがらずに質問する練習だけでも 2コマの授業時間を費やす価値は充分にあると思います。 「出会い」は今後もたくさんあるでしょうから。

ちなみに、「重要と思うこと三つ」の残り二つは、

技術者の地位を向上させるには、 技術者以外の視点にも立ってみて、 技術者自身が視野を広げていかなければならない

と、

これから社会に出ていく学生さん達が最優先で取組むべきことは、 会社と対等に渡り合える実力を身につけるために、 いま何をすべきか考えることでしょう。 そんな実力を身につけることは自分には永遠にムリと思う人がいるかもしれませんが、 ムリと思えば思うほど実現は遠退きます。

です。

授業で使ったスライドを PDF 化したもの と、
FlashPaper で Flash 化したもの ↓ を公開します。

(続きを読む…)
カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 06:56
このエントリーを含むブックマーク 2008年1月15日

自身の能力をアピールすることは技術者として必須だが、上司にだけアピールするのは最悪!

私自身は、 KLab 社内の技術者たちと、 いつまでも技術者同士の関係でいたいと思っているのですが、 技術者の人数が増えてくると、 仕事上の接点がほとんどない人もでてきます。 そして社員の側からすると、 私は (いちおー ;-) 取締役なので、 おいそれとは話せない恐い人などと根拠無く思い込んでるケースも、 残念ながら皆無というわけではありません。

それではいけないということで、 日頃あまり接点のない人たちを中心に、 無理矢理 (^^;) ランチに誘って話する、ということをしています。 先日も隣の部署の N さんと二人でランチへ行きました。 彼とは入社直後の社員旅行で少し話をしただけで、 その後は話す機会がほとんどなかったのです。

それまで私は知らなかったのですが、 実は彼は高専時代にず抜けた存在で、全校で表彰されたこともあったそうです。 プログラミングが大好きで、いろんなものを作っては、 学校内でアピールし注目を集めていたとか。 しかしながら KLab 社内ではどちらかといえば目立たない存在だった (目立たなかったので私も話す機会がありませんでした) ので、 高専での活躍ぶりとのギャップを感じざるを得ませんでした。

そこで、 何がきっかけで自身の成果をアピールするのを止めてしまったのか尋ねました。 すると、

新卒で就職した会社 (≠ KLab) で、 開発ではない部署に配属されてしまった。 何事も挑戦ということでしばらくは配属された部署で頑張ったが、 やっぱりプログラミングを仕事にしたいと思い、 上司に何度も自身の能力をアピールしたところ、 ことごとく却下されてしまった。 それどころかアピールすればするほど周囲の評価も下がるぐらいで、 ついにはアピールするのを止めてしまった。

という答が返ってきました。

確かにそういう人は多いのだろうなぁと思います。 日頃、アピールすることの重要性を説いている私としては残念でなりません。 そもそも誰だって、 他の人より得意なことがあれば、 それを自慢したくなるのがフツーでしょう。 だからアピールする習慣がない人って、 元々アピールするのが嫌いだったというわけではなくて、 何らかのきっかけでアピールするのを止めてしまったのだろうと思います。

きっかけにはいろいろあるでしょうが、 N さんのように、 アピールしても周囲から評価されなかったり、 それどころか怒られたり、 周囲から浮いてしまって仕事が進めにくくなったり、 そういう嫌な経験をすれば、 だんだんとアピールするのが億劫になってしまうのは仕方がないところだと思います。 N さんの話に頷きながら、 ふと一つのフレーズが頭の中に浮かんできました:

自身の能力をアピールすることは技術者として必須だが、
上司にだけアピールするのは最悪!

技術者にとって重要な能力というと、 一つは間違いなく「スキルアップする能力」でしょう。 誰だって最初は初心者です。 プログラミングの勘所が最初から分かっていたなんて人は (たぶん) 皆無で、 初めて書いたプログラムを後に読んでみると、 その稚拙さ加減にあきれてしまう、というのはよくある話です。

最初は誰しも稚拙なプログラムを書いていたのに、 どんどん能力を伸ばす人がいる一方で、 多少は「形」を覚えて「それなりの」プログラムが書けるようになるものの、 本質的には初心者と代わり映えしない人 (偽ベテラン) もいて、 いつのまにか両者の間には生産性で 3桁の差がついていた、 なんてことが起こり得ます。

技術者にとって重要な能力がもう一つあります。 それが「アピールする能力」。 言うまでもなく技術者だけではお金にはなりません。 技術者の能力をお金に換える人 ──例えば技術者が作ったものを他の誰かに売り付ける人──と、 一緒になって初めてお金が稼ぐことができるわけです。 でも、どうやってその「換金してくれる人」を探せばよいのでしょうか?

実は「換金してくれる人」も技術者を探しています。 そりゃ、売るものがなければお金を稼げませんから、 技術者の能力を換金しようと思っている人が技術者を探すのは当たり前ですね。 だからわざわざ技術者の側からアクションを起さなくても、 学校には「求人票」が貼られ、 巷には転職斡旋会社の広告が氾濫しているわけです。 テキトーな会社を選んで面接を受ければ雇ってもらえてお金をもらえます。

とはいえ、受け身の姿勢よりは自ら動いたほうが有利になるのは世の常です。 学校に貼ってある求人票に限定した就職活動や、 あるいは転職エージェントの勧めに従うばかりの転職活動よりは、 自ら主体的に会社探しをしたほうが「高く」換金してもらえる可能性が高まります。

会社に雇ってもらった場合、 配属された部署の上司が「換金してくれる人」になります。 もちろん上司が一人でお金を稼いでくるわけではありませんが、 技術者から見れば、 自身の能力に対して評価し給料を決めてくれるわけですから、 自身の能力を「換金してくれる人」と言ってもいいでしょう (正確に言えば、換金してくれる人たちの集団の窓口的存在ですね)。

ところが、ここに一つ問題があります。 技術者に得手不得手があるのと同様、 「換金してくれる人」にも得手不得手があります。 技術者からすれば、 私はこんなに優れた能力を持っているのに、 どーして換金してくれないんだと思うのと同様、 「換金してくれる人」からすれば、 私はこーいう技術ならお金に換えられるのに、 どーしてそういう技術を持っている人がいないんだと思っていたりします。

「能力を上司が正当に評価してくれない」と不満に思っている場合、 十中八九その上司は、 「求める能力を部下が持っていない」と不満に思っているはずです。 このような状況で、 部下が上司に自身の能力をアピールして事態が改善するでしょうか。 きっと上司はこう思うはずです: 「そんな能力はお金にならない」。

より正確に言えば、 その上司が換金できる分野と、 技術者である部下の得意分野とが一致していないだけなんですが、 部下が自分の得意分野以外のことに興味がないのと同様、 上司は自分が換金できない分野には興味がありません。 そんな上司に執拗にアピールすれば、 事態を改善するどころか悪化させかねません。 技術者がすべきことは、 自身の能力を上司が換金できないのであれば、 他の「換金してくれる人」を探すことです。

ところが、 前述の N さんをはじめ多くの技術者は、 逆のことをやってしまいます。 「換金してくれる人」を探すのではなく、 上司に「換金してくれ」と懇願したり、 あるいはそれが却下されると、 もう世界にはただ一人も換金してくれる人はいないと 探すのをあきらめてしまったりするのです。

冷静に考えれば、 これは全くナンセンスであることが分かりますよね? 一口に IT (情報技術) と言っても、 様々な分野があります。 ある技術者の得意分野を最もうまく換金できる人が、 たまたまその人の上司だった、 なんてことがもし起これば、 それはすごくラッキーなことだと思いますが、 そんな幸運がそうそう起こるはずはありません。

自身の技術を上司が換金してくれなかったとしても、 そんなことは確率からいえば 「よくあること」 なわけで、 決してその技術が 「お金にならない」 ことを意味しません。 自身の技術が上司に評価されないときこそ、 より積極的に、上司以外の人に向かって、 自身の技術をアピールすべきでしょう。

より多くの人にアピールすれば、 それだけ「運命の人」にめぐりあう確率は高まります。 「この分野にかけては誰にも負けない」という得意分野を持っている人は、 より多くの人へ、 部署内だけでなく社内全体へ、 社内だけでなくより広い世界に対して、 どんどんアピールしていって欲しいと思います。 探す範囲を広げていけば、 その能力を換金してくれる人がきっと見つかるはずです。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 11:15
このエントリーを含むブックマーク 2007年5月16日

技術者の成長に役立つ会社とは?(2)

技術者の成長に役立つ会社とは?(1) をとても多くの方々に読んで頂けました。 頂いたコメントや、 はてなブックマークに頂いたコメントを見ると、 賛同/批判 両方の立場から様々なご意見がありますね。 拙文が多くの方々の考えるきっかけになったのだとすれば、 書いた甲斐があるというものです。 特に学生さんにとっては、これから自身の人生を切り拓いていくのですから、 いま自分の将来について考えることは、 必ず後の人生にとってプラスになることでしょう。

以下に述べるのは、私が考える「技術者の成長に役立つ会社」の条件です。 他の人は異なった考えを持つかもしれませんし、 私自身も常に考え続けているので、 「役立つ会社」の条件が変ってくることがあるかも知れません。 しかし、 「技術者の成長にとって一番役に立つ会社を目指したい」というその思い自体は、 私が技術の責任者であり続ける限り、変らず持ち続けたいと思っています。

成長を邪魔しない会社

エラソーに「技術者の成長に役立つ会社」の条件と言っておきながら、 最初の条件が「邪魔しない」かよ、 えらく後ろ向きな条件だな、 という非難の声が聞こえてきそう (^^;) ですが、

上司は思いつきでものを言う(新書)
橋本 治 (著)

にも書かれているように、

会社は上司のピラミッドを骨格として、現場という大地の上に立っている。 「上から下へ」という命令系統で出来上がっていて、 「下から上へ」の声を反映しにくい。 部下からの建設的な提言は、 拒絶されるか、拒絶はされなくても、 上司の「思いつき回路」を作動させてしまう。

ということは、極めてありがちなのではないかと思います。 つまり、上司は体面を保つ必要がありますから、 部下に接するとき、 部下の良いところを誉めるだけではなく、 つい「粗探し」をして一言追加したくなるものだと思います。

だって、部下のことを 100% 肯定するだけでは、 上司の存在価値が危うくなりますからね~。 なにか部下の至らない点を無理矢理にでも見つけ出して、 教訓めいたことを言って上司の威厳を保ちたくなるものでしょう。

もちろん、部下の狭量な考えを正すために、 いろんな意見を言ってやることが必要なケースもあるでしょう。 「思いつきで」言うことが全て悪いと言うつもりもありません。 しかし、 部下の短所を矯正することばかりに熱中していては、 部下が技術者として成長することを妨げることになりかねません。 例えば、

キミは技術は優れているんだが、 もうちょっと仲間とうまく仕事をやっていくよう努力してもらえんかね? キミも社会人なんだから学生気分は早く捨てて、 チームワークを重視して仕事してもらわんと困るよ。

なんて言ってないでしょうか? 技術が (おそらく上司よりも) 優れている部下に対し、 その得意な技術をもっと伸ばすことよりも、 その部下がニガテとしていること、 例えばコミュニケーション能力を 「人並みに」身につけることを優先するよう要求してしまうわけです。

「感情的コミュニケーション」は、 若いうち (例えば 30歳前半まで) は手を出さないようにして欲しい コミュニケーション能力である。 特に研究者や技術者を目指そうとする若い人たちには、 周りの人がどう思うかなんかは気にせず、 (「空気嫁!」などの罵倒は無視して) 我が道を進んで欲しい。

コミュニケーション能力なんて、 歳をとって頭が固くなってからでも充分身につけることができます。 そもそも技術者にとって「人並み」のコミュニケーション能力なんて、 どれほどの価値があるというのでしょう? 技術者としての成長を考えるなら、 若いときにしか学べない「技術の本質」を身につけることこそ、 優先すべきではないでしょうか。

以上は、積極的に「成長を邪魔する」ケースですが、 以下のように、消極的に「成長を邪魔する」ケースも、 ありがちなのではないかと思います。

すなわち、 技術者の成長を第一に考えるのなら、 それぞれの技術者が自身の能力をフルに発揮して、 得意なことをとことん伸ばすことができるような 活躍の場を与えるべきだと思うのですが、 現実の会社だとそういう「適材適所」は、 なかなか難しいケースが多いかも知れません。 適切な活躍の場を与えないというのは、 成長を邪魔しようと意図しているわけではないにせよ、 結果として邪魔しています。

例えば、 新入社員がある特定の分野において素晴らしい能力を持っていたとしても、 その分野の業務に先任者がいたらどうでしょうか? その先任者を異動させてまで、 新人にその分野の業務を任せる、 という会社は多くはないでしょう。 むしろ、 新人が何が得意か検討して配属先を決めるというよりは、 人が足らない部署への配属を優先する会社の方が 多数派であるような気がします。

さらに言えば、 配属後も新人には雑用ばかりをやらせ、 能力を発揮できる仕事を任せない、 なんてこともあるのではないでしょうか。 上司と同様、 先輩にもメンツというのがありますから、 たとえ後輩の方が能力が高かったとしても、 それを素直に認めて立場を逆転させる (つまり先輩が新人の指示に従う) よりも、 新人の至らない点を無理矢理にでも見つけ出すことに熱中し、 雑用を押し付けることに終始してしまうものなのかも知れません。

会社ってのは、 部下や後輩の技術者の成長を邪魔してしまえ、とささやく誘惑に満ちています。 私自身、そういう誘惑に負けそうになることが全く無いと言えば嘘になります。 部下や後輩の技術者の成長を邪魔していないか、 常に自省し続けることこそ、 「技術者の成長に役立つ会社」の第一の条件と言えるのではないでしょうか。

技術者を「技術そのもの」で評価する会社

技術者が邪魔されずに成長できたとしても、 その成長を「技術そのもの」できちんと評価してあげられなければ、 片手落ちです。 技術的に成長したら成長したぶんだけ、 きちんと評価されて給料が上がる、 こうしてはじめて、 技術的に成長しようという意欲が継続するのだと思います。

こういう話をすると、 なぜ技術的に成長したからといって給料を上げる必要があるのか、 と思う人がいるかも知れません。 会社は技術者養成機関ではありませんから、 能力ではなく成果に対して報酬を支払いたい、 と思う人が出てくるのは当然でしょう。 では、「技術者の成果」とは何でしょうか?

「技術者の成果」とは何でしょう?
技術者が作ったものから得られる売上でしょうか? もちろん、それだけではないですよね? 「青色LED」のように最終的に莫大な利益を生み出したものは、 とても分かりやすい「成果」ですが、 サーバシステムの運用などのような縁の下の力持ちの仕事だって立派な成果ですし、 さらに、自分自身では何も生み出さなくても、 社内の技術者を育てることや、 社内の技術をブログなどで発表して会社の知名度を上げることなども、 立派な成果と言えるでしょう。

技術者という人材を「人財」すなわち会社の資産と考えるのであれば、 技術者の成長とは、「人財」の価値の増加、 すなわち会社の資産の増加を意味します。 売上は単にそのとき限りのフローに過ぎませんが、 技術者の成長はストックとなるわけです。 会計数字には現われにくいので見落とされがちなのですが、 技術者自身の成長こそ、 本来は最も評価されるべき「成果」と言えるのではないでしょうか。

しかしながら、 技術者の成長を「技術そのもの」で正当に評価することは、 容易ではありません。 「技術そのもの」で評価しようとすれば、 その技術分野の概要を理解している程度では全くダメで、 いざとなったら部下の仕事を代行できるくらいの技術力が、 評価する側に求められます。

もちろん、 いろんな得意分野を持つ部下たち全員において、 その仕事を完全に代行できることを上司に求めるのは無理な話でしょう。 部下全員の技術力のスーパーセットの技術力を上司の条件にしていては、 上司のなり手がいなくなってしまいます。

かといって、 半期ないし一年における部下の技術面での成長が、 どのくらい優れたものといえるのか評価できなければ、 つまり毎回「よくできました」「もっとがんばりましょう」などの 概要評価ばかりでは、 部下のモチベーションが下がってしまうことでしょう。 まして、技術面で部下の能力を評価するのを放棄して、 部下の関わったプロジェクトの売上高をそのまま部下の評価としていては、 技術的に成長しようというモチベーションを持続させることは不可能でしょう。

給料の一部が売上 (ないし利益等) に連動する、 ということはあってもいいとは思いますが、 技術力に連動する部分もあるべきで、 技術的に大きく成長したときはきちんと給料に反映させ、 あまり成長できなかったときは何が足らないのか、 きちんと指摘してあげるべきだと思うのです。

それには、 部下それぞれの得意分野について、 パフォーマンスの観点では部下に劣ることがあったとしても、 少なくとも技術内容の理解の観点では勝るとも劣らないことが 重要ではないでしょうか。

もちろん、これとて容易なことではありません。 部下が極めて優秀な場合、 その技術的背景をマトモに理解するには大変な労力が必要となるかも知れません。 つい、技術で評価するのを放棄して、 技術とは関係ない点を持ち出したくなるものだと思います。 しかし、 いくら大変でも、いくら時間がかかっても、 部下の技術を一生懸命理解しようとすることが重要だし、 理解しようと努力し続けてはじめて、 「技術力ではないところで部下を評価してしまえ」という誘惑に 打ち克つことができるのではないでしょうか。

得意分野を見つける余裕がある会社

現在の仕事が自身の得意分野に一致していて、 かつその仕事が好きであれば、 技術者にとってそれは理想的な仕事と言えるでしょう。

一生の時間のうちのかなりの時間を仕事に費やすのですから、 一生かけて取り組みたいと思うようなことをすべきだと思うのです。 好きなことをやっててお金がもらえれば苦労はしない、 と多くの人は言うでしょう。 でも、本当に一生かけてもやりたいほど好きなことってありますか?
面接 FAQ (4) から引用

しかし、 「やりたいこと」そのものズバリを、 最初に就職したときから仕事として やり続けてきた、 という人は少数派でしょう。 (私を含めて) 多くの人は、 いろんなことをやっているうちに、 「これだ」という仕事に出会い、 それにのめり込んでいくものなのではないかと思います。

あるいは、 今の仕事が一番自分に向いていると思っていたとしても、 なにかのきっかけで他の分野のことをやってみたら、 その分野のほうが魅力的であると感じ、 どんどん引き込まれてやっているうちに、 そっちのほうが自分に向いていることに気づく、 なんてこともあるかも知れません。

だから、 本業以外にも、 業務と関係ないことでも、いろいろ挑戦して欲しいと思っています。 ふとしたきっかけで始めたことが、 もしかすると自身の隠れた才能が開花することに 繋がるかも知れないのですから。

本業以外に熱中できる新分野を見つけた部下に対し、 「新分野を頑張るのはいいけど本業も忘れずにね」という忠告はするけど、 その新分野への取組みも大いに応援する、 KLab(株)はそんな会社でありたいと思っています。 勤務時間の 10% は本業以外のことを好き勝手にやっていい、 もし見込みが出てきて周囲から認められるレベルになったら、 それを本業にしてしまってもいい、 という「どぶろく制度」を作ったのも、 熱中できることを見つけるチャンスを逃して欲しくない、という思いからです。

本業の完璧な遂行もいいのですが、 自身の能力を最も発揮できる分野は一体何なのか考える余裕は持って欲しいですし、 技術者それぞれが最も自分に向いている仕事に出会えるように手助けすることこそが、 技術者のための技術会社の存在意義なのではないかと思います。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:34
このエントリーを含むブックマーク 2007年4月24日

技術者の成長に役立つ会社とは?(1)

ここ何ヵ月か、就職活動中の多くの学生さん達と話す機会を得ました。 いろんな方々と話しているうちに、 会社選びをしているはずの当の学生さん達の多くが、 いい会社の条件について確固たる基準を持っているわけではない、 という思いをますます強くしました。

「安定している会社」「福利厚生が充実している会社」「技術を教えてくれる会社」 などなど、 なんとなく「いい会社」のイメージを思い描いているだけで、 それが自身の人生にどう役に立つか、 筋道だった考えを持っているわけではないことに 改めて驚かされます。

安定している会社

「いい会社」のイメージとして、多くの学生さんがいだくものの筆頭は、 「安定している会社」「儲かってる会社」「勝ち組企業」でしょう。

先月 4/14 19:30 NHK で、 特報首都圏「就職戦線異状あり・格差社会の不安」と題する番組があった。 新卒の学生さん達が「勝ち組になる」ことを目指して 就職活動を行なっているのだという。
そりゃ、勝てるものなら勝ちたいと思うのは人の常なので、 これから社会に出ていこうとする学生さん達が、 将来勝ち組になれるような就職先を選ぼうとするのは至極当然のことだと思う。
ところが
学生さん達曰く、「勝ち組になるため、儲かっている会社に就職したい」。

ここんところ選挙などもあったからか、 「格差是正」を訴える声を聞くことが多かったのですが、 そもそも「格差」ってのは、 誰と誰との間の格差なんでしょうか? 「儲かっている会社に勤めている人」と、 そういう「いい会社」に雇ってもらえない人との間の格差なんでしょうか? 自身の実力は関係なくて、 「いい雇い主」に雇ってもらえるか否かが重要なんでしょうか? こういう発想には、まるで 「いい家柄」の出身かどうかを気にする階級主義者や 「血筋」を気にする人種差別主義者と似たニオイを感じてしまうのです。

「儲かってる会社」に勤めていて、高い給料をもらっていたとしても、 その能力は会社の中だけでしか通用しないものかも知れず、 逆に、儲かってない会社に勤めていたとしても、 自身の能力を磨くことを怠らなければ、 会社を飛び出して活躍できるようになるかも知れないってのは、 誰もが思っていることですよね? 昔は儲かっていたけど、 今では会社が傾いて、ついにはリストラされてしまった、 ってのもよく聞く話です。 「最後に頼れるのは己れの実力だけ」って 誰もがよく口にするわりには、 こと「格差」を考えるときに限っては、 「実力」より「どんな会社に勤めているか」のほうが先に出てくるのは なぜなんでしょうか?

「実力を磨きたいのは山々なれど、 実力を磨かせてくれるいい会社がない」とか、 「実力うんぬん以前に、 まず先立つモノ (給料) がないと」とか、 「実力はあるつもりだが、 それを正当に評価してくれる会社がない」とか、 そういった声が聞こえてきそうです。

確かに、ほとんどの会社は 実力を磨かせるより、コキ使うほうを優先するかも知れませんし、 実力をきちんと評価してくれない会社が圧倒的多数なのかも知れません。 しかしながら、世の中の 99.9% までそういう会社だったとしても、 実際に勤める会社は (当たり前ですが) たった一社でいいんです。 圧倒的多数の会社が社員の能力を伸ばすことに非協力的だったとしても、 そんなことはどーでもいいじゃないですか。 重要なのは自分が実際に就職する会社がどんな会社であるかであって、 世の中の会社の平均がどんな状況かではないのですから。

福利厚生が充実している会社

「安定している会社」を求める以上に不可解なのが、 「福利厚生の充実度」を気にする学生さん達です。 いったい会社に行って何をするつもりなんでしょうか?

自身の実力で会社に利益をもたらし、 その見返りに報酬を得る、というのなら筋が通っていますが、 それなら「福利厚生」みたいな中途半端なものを求めるまでもなく、 ストレートに自身の貢献に見合う「お金」を要求すればよい話です。 「お金」を求める自信も度胸もないからこそ、 「制度」としての「福利厚生」を求めるのでしょうが、 実力が足らないのを自覚しているのなら、 「福利厚生」を享受するなんて余裕をかましている場合じゃないでしょう?

これから社会に出ていく学生さん達が最優先で取組むべきことは、 会社と対等に渡り合える実力を身につけるために、 いま何をすべきか考えることでしょう。 そんな実力を身につけることは自分には永遠にムリと思う人がいるかもしれませんが、 ムリと思えば思うほど実現は遠退きます。 世の中にはいろんな会社があるのですから、 自身の能力を磨くのに適した会社は、 見つけようとしさえすれば、きっと見つかるはずです。

「20:80 の法則」 (パレートの法則) というものがある。 「売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している」などの経験則が知られるが、 じゃ、その 2割の従業員だけでドリームチームを作れば、 すごい会社が作れるかというと残念ながらそうは問屋がおろさない。 「2割の従業員」がふたたび「20:80」に分かれてしまうのである。 精鋭チームを作ったつもりが、 そのチームの中の多数 (8割) は売上にあまり貢献しなくなってしまう。 逆に、ダメな従業員だけを集めたダメダメチームを作っても、 その中の 2割ほどは頭角を現し、チームを率いるようになる。
つまり能力を向上させる最良の方法は、自分が上位 20% に入ることを目指せるような集団に属することである。 まさに「寧ろ鶏口となるも牛後となるなかれ」。 上位20% に入ることがどうしても無理なら、 それはその集団が向いていないということである。 牛後に甘んじるよりは思い切って飛び出すべきだろう。

会社をイメージで選ぶのではなく、 どんな会社が自分にとって「いい会社」なのか、 考えることから始めるべきではないでしょうか。

技術を教えてくれる会社

「安定している会社」や「福利厚生」を求めるのに比べれば、 まだマシなのが「技術を教えてくれる会社」を求める学生さん達です。 少なくとも自分の能力を向上させようという意欲は持っているのですから。 しかしながら、 「受け身」の姿勢であるという点では、 大差ないのかも知れません。

「技術を教えてもらう」という態度では、 おそらく永久に上位 20% に入ることはできないでしょう。 「技術は伝えるものではなく伝わるもの」なのですから、 教える側に「充実した伝える方法」(例えば完備された指導マニュアル) を 求めている限り、 決して師匠に追い付くことはできません。 技術の習得に関して誰よりも貪欲であり続けなければ、 上位 20% を目指すどころか、 平均的な先輩たちを追い越すことすら覚束ないことでしょう。

つまり、技術を学ぼうとするなら、 その時点での実力はサテオキ、 「伝わる状態」にかけては自分が一番だと自信を持って言い張れる (つまり、その技術を学びたいという情熱にかけては誰にも負けないと言いきれる) 状態からスタートしなければならないのです。

「技術力のある会社に就職すれば、 そこそこの技術を身につけることができる」 そう考える人が多いのかも知れませんが、 これは二重の意味で間違っています。 すなわち、 「伝わる状態」ができていなければ学べないという意味で間違っているだけでなく、 仮に技術を身につけることができたとしても、 「そこそこの技術」では役に立たないという意味でも間違っています。

インターネットなどの普及によって技術に関する情報が巷に溢れる昨今、 「そこそこの技術」であれば、 会社に勤めなくてもいくらでも身につけることができます。 いやむしろ、 会社に勤めることよりも学ぶ意欲のほうがよほど重要でしょう。 技術力のある会社に就職したから技術が身につく、 なんて甘い考えでいる限り、 できることといえば「技術に慣れる」ことどまりでしょう。

長年やっていれば、誰でもそれなりの技術を習得できます。 極端なことを言うと、 どんなに能力がない人でもそのときの自分の状態にあった程度のことを 実践していけば、 その積み重ねの中でやがてはなんらかの技術を習得することができます。
しかし、このようなものは本来、技術の伝達とはいえません。 これを技術の習得というのも不適切で、 ただ単に技術に慣れただけというのが正確な言い方でしょう。
じつはこのように、 経験と慣れだけで技術を獲得してきた人は世の中にたくさんいます。 私はこういう人を「偽ベテラン」と呼んでいます
組織を強くする技術の伝え方 (畑村 洋太郎 著) から引用

「偽ベテラン」レベルの能力では、 「会社と対等に渡り合える」わけもなく、 そんな「使えない」能力を身につけるくらいなら、 別の分野を目指すべきだった、ということになってしまうかも知れません。

だから、高い技術力を持つから「いい会社」なのではなく、 その技術が自分自身が本当に身につけたいと心の底から思えるような 技術か否かのほうが重要だと思いますし、 技術の高さ低さよりは、 自身が技術を身につけていこうとする際に、 「役に立つ」会社か否かを見極めることのほうが重要だと思います。

では、どんな会社が技術者の成長に役立つ会社なのでしょうか?
続きは次回に…

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:46
このエントリーを含むブックマーク 2007年2月19日

キャリアにおける「鶏と卵」 ── 「卵」を後回しにして欲しくない

私は「やりたいことを仕事にすべき」と常日頃から主張しているのですが、 自分自身のことを振返ると、 必ずしも「やりたいこと」そのものズバリを 最初からやっていたわけではないことに気づきます。

「鶏がさきか、卵がさきかの議論になっちゃうんだけど」なんて枕詞があるが、 こと20代のキャリアにおいては 「まず目の前の仕事で最高の成果をだすことが”さき”で、 自分がやりたいと思う仕事をおっかけるのは”あと”」というのは 私の中では確信に近い。

確かに、何をやるにしても最初は素人であるはずで、 ずぶの素人が「この仕事をやりたい」と言ったところで、 任せてもらえることはレアケースでしょう。 仮に任せてもらえたとしても、 初めてやる仕事で成果を出せるとは限りません。

私は学校を卒業後、某大企業の研究所に就職し、 遺伝的アルゴリズムの研究に取組みました。 当時は (今も?) 大企業の研究所というのは人気職種で、 今から思えば「やりたいこと」というよりは 「人気の職種だから」やってみたいという思いの方が 強かったような気がします。

もちろん嫌々仕事 (研究) をしていたわけではないのですが、 仕事の合間を見つけては、 本業そっちのけで職場のイントラネット環境の整備に没頭してしまいました。 当時はまだ「イントラネット」という言葉すら生まれていない時代で、 何をするにもいちいち不便なネットワーク環境だったので、 いろいろ改善しようと思ったわけですが、 次第にネットワークの方が面白く感じるようになってしまいました。

入社当時に配属された部署というのは正直私があまり関心がある仕事ではなかったが、 当時はまだ”ひよっこ”という意識が強かったので、 とにかく結果をだすことに専念をした。
(中略)
どちらかというと目の前にある仕事をこなし、 そこで結果をだすのが精一杯で、 自分の関心が本当にどこにあるのかということを真剣に考える余裕も正直なく、 とにかくアサインされたプロジェクトで結果をだすことにがむしゃらになった。
同ページから引用

私の場合、配属された部署というのは関心がある仕事だったのですが、 もっと関心のある分野を見つけてしまったため、 本業 (目の前にある仕事) がおろそかになった、という感じでしょうか。 もしあのとき、 「アサインされた仕事で結果をだすことにがむしゃらになって」いたら、 本当に自分に向いていることを見つけ損なっていたのかも知れません。

確かに、他に熱中できることがなければ、 目の前の「本業」にがむしゃらになって取組むことも重要だとは思うのですが、 自分が本当は何に向いているのか、 いろいろ「かじってみる」余裕は持っていて欲しいと思うのです。

プロ野球選手を目指す子供に対して、 「野球を頑張るのはいいけど勉強も忘れずにね」というような忠告なら有用だと思う。 だけど、「プロ野球選手が本当の自分のゴールかどうかなんてわからないんだから、 まずは(アサインされた)目の前のテストで100点を取りなさい。 野球をするのはそれからだ」とは言わないでしょう?

本業以外に熱中できる新分野を見つけた部下に対し、 「新分野を頑張るのはいいけど本業も忘れずにね」という忠告はするけど、 その新分野への取組みも大いに応援する、 KLab(株)はそんな会社でありたいと思っています。 勤務時間の 10% は本業以外のことを好き勝手にやっていい、 もし見込みが出てきて周囲から認められるレベルになったら、 それを本業にしてしまってもいい、という「どぶろく制度」を作ったのも、 熱中できることを見つけるチャンスを逃して欲しくない、という思いからです。

キャリアは偶然によって作られるものだと私も思う。 なので、その偶然をどう活かすかというのは非常に大切になってくる。 でも「偶然のレベル」と「自分のレベル」は等価なので、 偶然を活かす良いスパイラルを生み出すためには、 まず自分のレベルを上げないと始まらない。 なので、今ある仕事の中で自分のレベルを上げることを第一に考えるべきです。

確かにその通りなのですが、 「偶然のレベル」を引き上げることは、 個人一人一人が自身のレベルを引き上げることによってだけでなく、 「偶然」を起りやすくする環境を会社が整えることによっても可能だと思いますし、 それこそが技術者のための技術会社の存在意義なのではないかと思います。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 09:46
このエントリーを含むブックマーク 2007年1月17日

技術者を目指す学生さんたちへ

いよいよ就職活動本番ですね。 どのような進路を選ぶにせよ、 あとで後悔することのないよう、 じっくり考えて決めたいものですよね。 でも、ただ単に考えると言っても、 一人であれこれ思い悩むのは感心しません。 「思いて学ばざれば則ち殆し」と言いますから、 ぜひいろいろ見聞きした上で考えて頂きたいと思います。

企業への就職を考える場合、まず気になるのは評価制度のことだと思いますが、 まさにこの評価制度が揺れ動いているのが、いま現在と言えるでしょう。 高度成長期以来、長年用いられてきた年功主義に基づく評価制度の綻びが 誰の目にも明らかになってきてはいるものの、 年功に代わる評価方法を模索し続けているのが 多くの企業の現状だと思います。

どこの企業も新しい人事制度を模索し、成果主義が取り入れられつつありますよね。 (同時にコスト削減という意味合いもありますが)
この成果主義という人事制度ですが、 多分どこの会社でもおおよそこんな感じなのではないでしょうか。
●年初に目標を設定(部署ごとの目標・個人の目標)
●3ヶ月か半年ごとに上司と面談
●成果をアピール
●評価の通知
一見、単なる年功序列よりは凄くまともそうなシステムに見えますよね。 でも、実際には明らかな欠点があると思います。 (評価する側の上司がそもそも年功序列組だという点は除いて)
◆短期間にアピールできるようなものにばかり心奪われるようになる
◆業績アピールに繋がらない日常の雑用や、他人の手伝いは避けるようになる
どちらも当たり前の弊害だと思うのですが、 多くの企業ではこれらの問題について見て見ぬフリをしているのではないでしょうか?

ぜひこういった疑問を、どんどん企業にぶつけていって頂きたいと思います。 就職活動というのは、いろんな企業に対して歯に衣着せぬ質問ができる 唯一と言ってもいい機会なのですから。

「評価」には二つの側面があります。 「評価される側」と「評価する側」です。 上に引用した文章は、 「評価される側」にフォーカスした疑問と言えるでしょう。 もちろん学生さんは就職したら評価される側になるので、 「評価される側」から考えたくなるのは当然だと思いますが、 なにごとにも表と裏があります。 片方の側からだけ考えていては考えを深めることはできません。 ぜひ、自分とは異なる立場の視点も持つ習慣を身につけて頂きたいと思います。

「評価」を両方の側から考えてみれば、 「短期間にアピールできるようなものにばかり心奪われるようになる」というのは 評価される側の理屈に過ぎないことは自明ですよね? つまり暗黙のうちに、 アピールがそのまま通るような「無能な上司」を前提としてしまっています。 もし、「評価する側」が 「業績アピールに繋がらない日常の雑用や、他人の手伝いは避ける」人の 評価を下げるのであれば、 このような弊害を避けることは可能でしょう。

引用した文中に「評価する側の上司がそもそも年功序列組だという点は除いて」と ありますが、 まさにこれこそが問題の本質だと思います。 「除いて」しまっていては考えが深まりません。

どのような人事制度であれ、 「評価する人」と「評価される人」の双方に、 その制度の「精神」が徹底できていなければ機能するはずがありません。 そして、 「評価される人」への徹底は、 そもそも徹底できていなければ評価が下がるので、 否が応にも徹底されるわけですが、 「評価する人」への徹底ができるかどうかは、 「評価する人」を評価する人、つまりその上の上司の責任です。

より具体的に言えば、 「短期間にアピールできるようなもの」「アピールしやすいもの」 ばかりを評価の対象としてしまって、 部下の本当の価値を評価できていない上司を、本当に降格できるのか? という問題でしょう。 年功主義では過去の功労者が上司となるケースが多いようですが、 過去に成果を上げた人が、 現在の部下の成果を評価できるのか? という問題であるとも言えますね。

製品には、どうしても長期的な投資が必要なものがあると思います。
例えば日亜化学の青色LEDだって、中村氏が個人で何年もかけて、 会社の中止命令を無視してやり遂げたと著書にありましたし。
もし青色LED開発中に、 3ヶ月ごとに面談していたらどんな評価がされるんでしょう?
失敗続きで亀のようにのろく、先が見えない実験の繰り返しでしょうから、 それらの失敗が将来大きなリターンになって返って来ることを 強く確信している人でなければ、続けられませんよね。
同ページ」から続けて引用

「技術者の成果」とは何でしょう?

技術者が作ったものから得られる売上でしょうか? もちろん、それだけではないですよね? 「青色LED」のように最終的に莫大な利益を生み出したものは、 とても分かりやすい「成果」ですが、 サーバシステムの運用などのような縁の下の力持ちの仕事だって 立派な成果ですし、 さらに、 自分自身では何も生み出さなくても、 社内の技術者を育てることや、 社内の技術をブログなどで発表して会社の知名度を上げることなども、 立派な成果と言えるでしょう。

したがって「3ヶ月ごとの面談」という制度が問題なのではなく、 きちんと技術者を評価できない上司をそのままにしておくのが問題なのです。 そしてそういう上司をそのままにしている上司の上司も問題ですし、 そのまた上の上司の上司の上司にも責任があります。

こうやって責任の連鎖を上へ上へ登っていくと、 技術者の評価制度が機能するか否かは、 技術者の評価について最終的な責任を負う人がいるのか? という点に行き着くことになります。

技術者を目指す学生のみなさんには、 ぜひこの点 ──この会社では誰が技術者の評価の最終責任を負っているのか?── を押えた就職活動をするようお勧めします。 そしてできれば、「誰が責任者か」だけでなく、 その責任者がどんな考えを持っているのか調べられるものは全て調べ、 さらに疑問点があれば直接会ってでも質問するくらいの勢いで 臨んで欲しいと思います。

KLab株式会社 取締役
兼 最高技術責任者
仙石浩明
カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:49
このエントリーを含むブックマーク 2006年12月14日

年功主義と実力主義 ~大企業とベンチャー~

私が大学を卒業したのはバブル (ネットバブルではなく、その前の前世紀のほう) がはじけた年でした。 当時は今ほどベンチャーは一般的ではありませんでしたし、 研究職を目指していた学生 (含む私) が就職先として大企業の研究所を選ぶのは、 ごく普通のことだったのではないかと思います。 終身雇用を信じていたわけでもありませんでしたが、 かといって自分自身が転職することになろうとは、 あまり考えてもいなかったような時代です。 今から振り返ってみれば「就職」というよりは「就社」という感覚に 近かったのだと思います。

その後の「失われた十年 (20年?)」の間に、 年功主義の綻びが誰の目にも明らかになってきて、 大企業以外の就職先を選ぶ人も増えてきましたし、 転職も一般的になってきました。 とはいえ、 就職先の選択肢が広がってきているわりには、 それぞれの企業がどんなところか実態を知ること無く、 なんとなくイメージで決めてしまっている学生さんも多いのではないでしょうか。 最近になって再び「寄らば大樹」的な傾向が復活しつつあるとも聞きます。

どのような進路を選ぶにせよ、 もっと企業の実態を知ってもらった上で決めて欲しいと 思っていたところ、 先日たまたまそういう機会を頂けたので、 学生さん相手のセミナーでお話ししてきました。

私は大企業の研究所に 8年間勤め、 その後ベンチャー (KLab(株), 当時の社名は (株)ケイ・ラボラトリー) の 立ち上げに参加し、順調に規模を拡大し、現在に至っています。 なので、

  • 大企業の研究所 (前職)
  • スタートアップ (立ち上げ当初のケイ・ラボラトリー)
  • 中規模ベンチャー (現在の KLab)

それぞれについて、実地の体験談をお話したわけです。 幸い、ベンチャーについて、もともと興味を持っていた学生さんもいて、 核心をついた (答えにくいとも言う ^^;) 質問もありました。 大企業とベンチャー、 それぞれの実態について理解を深めてもらえたと思っています。

まじめな東大生、悩みすぎ? 3割がニート不安

よく勉強する半面、将来の進路などに思い悩み、 不安や無気力に苦しむ学生が増えている-。 東大が13日公表した学生生活実態調査で、 こんな東大生の姿が浮かび上がった。
調査は昨秋、学部生約3500人を対象に実施(回収率39%)。 83%の学生が進路や生き方に悩んでおり、 自分がニートやフリーターになる恐れがあると感じている学生も28%に上った。
今朝のSankei WEBから引用

悩んでいるより、まずはいろいろな企業の実態について 見聞きしてみて、じっくり将来のことを考えて欲しいと思います。 私でよければ喜んでお話ししますので、 興味あるかたは是非ご連絡下さい。 ただし、企業の実態をできるだけ正確にお話しする、という主旨なので、 対象は (研究者・技術者を目指す) 学生さんに限定させて頂きたいと思います。

参考までに、セミナーで使ったスライドを FlashPaper で Flash 化したもの ↓ を公開します。 このスライド自体は 10ページしかありませんが、 それは「実態」は口頭でお話ししているからです ;-p。 質疑応答が盛り上がったので、2時間近くかかりました。

(続きを読む…)
カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 16:48
このエントリーを含むブックマーク 2006年12月8日

なぜ人月見積もりが優れているのか

人月見積りでは生産性が上がらない。 IPA が警告するまでもなく、 ソフトウェア技術者ならば誰しも 人月見積りに嫌悪感を持っているのではないでしょうか。 生産性を上げれば上げるほど金額が低くなってしまうし、 そもそも開発者の生産性なんて人によって大きく異なる (私の持論は、 「ピンとキリでは 1000倍の差がある」、です) のだから、 「標準的な技術者一人が一ヶ月かかる仕事」なんて基準をおいたところで 意味がありません。

人月見積もりについては、 「人月見積もり、生産性について」に いろいろな意見へのリンクがまとめられているので参考になります。 このように人月見積もりがなぜ問題なのか、 それこそ掃いて捨てるほど主張が繰り返されていますから、 いまさら同じようなことを唱えても仕方がありません。 そこで、ここでは逆にあえて肯定してみることにします。

そもそもこれだけ嫌われ者の「人月見積もり」が なぜいまだに行なわれているか、 そこには「人月見積もり」ならではの「良さ」があるからではないでしょうか?

誰にとっての「良さ」か? それはもちろん見積書を受取る「お客様」にとっての 良さです。 そもそも技術者の仕事なんてのは、 技術のことを知らない「お客様」にとってはよくわかりません。 「この仕事はすごく高度なんだぞーっ」って言われたって、 「ハイそうですか、じゃ沢山お金を払いますね」なんて言ってくれるお客様が いたらぜひお目にかかりたいものです。 ふつうは「どれだけ価値がある仕事なのか、きちんと説明してもらいたい」って 言うでしょう。

じゃ、どうやって説明しましょうか、技術者の仕事の価値を。

お客様にどう説明すれば納得してもらえるか考えるには、 お客様の立場に立つのが一番分かりやすいでしょう。 といっても、我々技術者にとっては、技術者でない人の気持ちを想像するのは ちょっと難しいですよね? こういうときの常套手段として、立場を逆にして考えてみます。 つまり我々技術者がお客で、 技術者でない相手が何かを我々に売りつけようと見積書を出している 状況を想像します。 売り付けるモノは (コモディティでなければ) 何でもいいんですが、 例えば何かの調査レポートにしましょうか。

相手は、このレポートがいかに創造的で革新的で価値があるものであるか、 必死に説明しようとしています。 が、残念ながら我々はその分野には全く疎いので、 どれだけ価値があるのやら、いまいちピンときません。 そもそも疎いからこそレポートを買おうとしているわけで、 ピンと来ないのは当たり前ですよね? さあ、どうしましょう?

そのレポートを活用することによって我々の利益がどのくらい増えるのか、 目に見えるのであれば分かりやすいのですが、 あいにくそのレポートが即、利益につながるわけではありません。 確かにそのレポートが役に立つであろうことは間違いない (だから買おうとしている) のですが、 利益増にどのくらい貢献しそうか、というと主観的に判断せざるを得ません。 でもって、主観ということになると、 どうしても他社の仕事より自社の仕事の 利益貢献度合いのほうを高く見積りたくなるものでしょう。

- o -

御社のレポートが、弊社のビジネスに大変役立つであろうことは 疑いの余地がないのですが、 もちろんレポートが直接利益を生むわけではなく、 弊社としてもいろいろコストをかけていく必要があるわけでして、 御社がこのレポート作成に多大なコストをかける必要があることは 重々承知しているのですが、 最終的な利益を御社と弊社とでどう配分すべきか、というと なかなか難しいものですね~ なにかもっとこう客観的な指標はないでしょうか。

と、いいますと?

例えば、このレポート作成に、何人の人が何ヵ月くらいかかりそうか、とか。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 17:40
このエントリーを含むブックマーク 2006年12月5日

チープ教育: 「無意味にポジティブ」のススメ

KLab 社内には、社内専用の IRC サーバがあります。 IRC (Internet Relay Chat) つまり、 ネットワークリアルタイム会議システムです。 普通の IRC はインターネットに接続できれば、 誰でも使えるのですが、 KLab 社内 IRC は、KLab のイントラネットに接続できる人しか使えません (VPNワープを使って社外からもアクセスできます)。 だから社外秘な内容も流せますし、 社内ミーティングを IRC で済ませてしまうこともよくあります。

社内 IRC が真価を発揮するのは、 コンテンツ提供用の WWW サーバ システム (DSAS) の メンテナンス作業の時など、 多くの人がリアルタイムに状況 (メンテナンス作業の進捗状況) を 共有したいときです。 メンテナンス作業は、 コンテンツ提供サービスに悪影響を与えていないか確認しつつ 慎重に進める必要があるのですが、 それには実作業を行なう人と、 その作業をチェックする人、 そしてコンテンツ提供に悪影響が及んでいないか監視する人など、 沢山の人が進捗状況をリアルタイムに把握する必要があります。

関係者が全員同じフロアにいれば、 大声をあげるだけでも進行状況の「雰囲気」を共有できるでしょうが、 KLab の場合は東京、大阪、福岡のオフィスの他、 SOHO 形態で働いている人もいますし、 DSAS メンテナンスの場合はデータセンタ (東京二ヶ所と九州一ヶ所) にいる人とも 連係しなければなりません。 遠隔地の人と手軽に「雰囲気」を共有する手段として、 社内 IRC はとても便利です。

あまりに便利なので、 技術者の大半が常時 IRC サーバに「常駐」しているのですが、 こうなってくると計画的な作業の連絡用だけでなく、 技術者全員の横のつながりというか、 部署を超えて技術者同士が連係できる共有空間の役割を果たすようになります。 例えば昨晩も…

18:28 (sengoku`) チープ教育 http://cn.ce-lab.net/ja/toshi/archives/2006/08/post_75.html
18:29 (sengoku`) ↑これ、かなり本質をついてる気がするのですが、皆さんはどう思いますか?
18:30 (sengoku`) 私がはじめて出会った PC (当時の呼称はマイコン) は、とてもチープだったんで、自分で作ろう、という気が起きたけど、今の PC 見て、作ってみよう、と思う人はいないよねぇ..

チープ教育」を読んで、 ぜひみんなに紹介したいと思ったので、 とりあえず社内 IRC に投げてみたわけです。 ほどなく隣の部署の人から反応がありました。

18:34 (koura-h) 細部の作り込みに入ってしまうのって、それはそれで楽しいときもありますけど、苦痛になってしまうことも多いっす。。。
18:35 (koura-h) 制作環境における「チープさ」って、ありがたいと思うす。

続いて、協力会社の人からも…

18:39 (ktaka) ある意味、何でもそうだと
18:39 (ktaka) 思います。
18:40 (ktaka) 自動車でも、
18:40 (ktaka) 楽天のような商売でも
18:41 (ktaka) 物理学者が生物学に入っていって、DNAとかの研究が盛んになり始めた衣
18:41 (ktaka) 頃も
18:42 (ktaka) ショックレイがフェアチャイルド社(?)を始め、Intelができた頃も
18:42 (sengoku`) あはは
18:42 (ktaka) みんな始めは、
18:42 (ktaka) ある意味、やればできそうという感覚があったんでしょうね
18:43 (sengoku`) ですよね~
18:43 (sengoku`) 「へぼくても許される感」って重要ですね~

反応してない人も、この会話の流れを見てはいるわけで、 技術者同士、考え方を共有することはとても重要なことだと思います。 もちろん社内には情報共有の方法としてメーリングリストも多数あるのですが、 なんでも気楽に書込めるという敷居の低さで、 IRC のほうが勝っていると思います。

18:43 (uchikawa-) itronのコードでも弄ってみますか(秋月のボードで自力で動かすというのはやったことあります)
18:43 (sengoku`) 逆に言うと、へぼが許されないような雰囲気のとき、どうやって「無意味なポジティブさ」を学ぶか意識しないと、ってことですね。
18:44 (sengoku`) まあ、遠慮せずにどんどんやれ、ってことなんですけど、
18:44 (ktaka) 私は、そもそも、参入しないと言うのもありかな、と思っています
18:44 (sengoku`) なかなかポジティブになったことの無い人にそれをやれ、ってのは難しいのかもしれませんね。
18:45 (sengoku`) もちろん、参入しない、という選択肢があるときはそれでもいいんですが、
18:45 (ktaka) 高度に専門家されたことを大きな組織でやるよりも、
18:45 (sengoku`) コンピュータ技術者、って道を選択してしまった人に、いまさら他の道を探せ、ってのも酷でしょうから... ;-)
18:46 (ktaka) 一時代を築く可能性がある、チープなものに出会えれば。。。
18:46 (ktaka) でも
18:46 (ktaka) 一口にコンピューター技術者といっても、いろいろあって
18:47 (ktaka) 昔は、ボードの設計からできそう、だったのが、
18:48 (sengoku`) (いまでも、ちゃちな PC ならボードから設計できるんですけどね、実は)
18:48 (ktaka) 今は、Youtube見たいなの作れそう、っていうのがあるとおもいますので
18:49 (ktaka) おお、すごいですね~
18:49 (sengoku`) ようは、ポジティブになれるかどうかが、勝負を分けることになるんじゃないかと...
18:49 (ktaka) チープなフェーズにある、面白そうなものって言うのは、いろんなところにあるんではないかと
18:49 (sengoku`) まあ、そういう話は、
18:50 (katsumiD) ( つhttp://journal.mycom.co.jp/column/architecture/037/
18:50 (sengoku`) プログラマを目指すのに適した時代、適していない時代 http://www.gcd.org/blog/2006/07/83/ ってことに
18:50 (sengoku`) 続くのかな。
18:50 (katsumiD) ちなみに,
18:51 (katsumiD) 今だと CPU を作ろうと思った場合,FPGA とかで作れますが
18:51 (katsumiD) そういうことをしようと思った場合のハードルが,昔に比べて下がっている,と言うのもあるように思いますです
18:52 (ktaka) 確かにそうだと思います>適していない時代
18:52 (sengoku`) いや、あるんですが、ようはそれを自分でやろうという気持ちを起こせるかどうか、ってことだと思います。
18:52 (ktaka) 確かにそうだと思います>CPUを作るハードル
18:52 (sengoku`) 技術的な障壁は確実に下がってるんですが、心理的な障壁は、逆にあがってるかも知れませんねぇ
18:53 (katsumiD) なるほど

若干、会話が錯綜気味で読みにくくなってしまっていますが、 それが逆に、 考えがまとまっていなくてもとりあえず書いてしまえ、 という気楽さにつながっているのでしょう。 メールだと、論旨をはっきりさせて書かねば、という気持ちになりますから、 思ったことをそのままぶつけられる IRC のような場も必要だと思います。

ちなみに、会話に参加している 5人のうち、 4人は声の届く範囲にいたりする (^^;) のですが、 ひざ突き合わせて話そうとすると仕事を中断して集まらなければなりませんし、 大声を出すと会話に興味がない人に迷惑ですし、 URL を伝えるときなどは声よりチャットの方がむしろ便利ですし、 また、IRC だとログが残るので後で参照することもできます。

なお、「プログラマを目指すのに適した時代、適していない時代」に言及したのですが、 どちらかというと「ロングテール戦略が格差社会を生む: 必要は発明の母」のほうが話の流れに近かったかも知れません。 要は、不足感がないと何かをやろうという気力が出てこない、 ということが言いたかったわけです。

18:53 (uchikawa-) 昔だったら「自分で作ったほうが世の中にあるものよりいいものになる」だったですからね
18:54 (sengoku`) 世の中にもっといいものがある、からといって遠慮する必要はないんですけどねぇ、ほんとうは。
18:54 (katsumiD) でも,実は心理障壁を乗り越える人はいつの時代だって乗り越えるし,乗り越えない人はいつだって乗り越えない,というのも,
18:54 (katsumiD) http://www.chiaki.cc/Timpy/index.htm
18:54 (katsumiD) こういうサイトを見ていると思ったりもします
18:54 (katsumiD) (こういうのを見ると,むしょうに自分でも何かをしたくなり出します(^^
18:55 (sengoku`) ぜひぜひ
18:55 (katsumiD) ちなみに,今の時代だと,2足歩行ロボットとか,結構盛り上がってますよね
18:56 (katsumiD) ちょっと前は,2足歩行どころか,普通のロボットでも作る機運ってのは無かったですが
18:56 (ktaka) 私的には、やっぱり、WEBやネットワークがチープなフェーズにあるのではないかと思います
18:57 (katsumiD) 色んな製作記事とかキットが出始めたこととかもあって,アマチュアの人が一杯やってらっしゃいますね
18:57 (sengoku`) まあ、どんな分野でもいいんで、ぜひチャレンジして~と。

収拾がつかなくなってきたんで、ちょっと投げやりになっています > 私 (^^;)

18:57 (katsumiD) (^^
18:57 (ktaka) なるほど
18:57 (ktaka) >ロボット
18:57 (ktaka) 二足歩行のおもちゃ変えますもんね
18:57 (ktaka) 買えますもんね
18:58 (sengoku`) Web が普及して一番困ったことは、誰もが批評家になっちゃって、自分ではやろうとしなくなったことなのではないかと...
18:58 (ktaka) そうなんですか
18:59 (ktaka) 何でも自分でやる技術者の世界に、批評家が入り込んできたという意味ですか?
18:59 (sengoku`) なんでも web 見れば載ってるんで、
19:00 (sengoku`) 自分でやらずに、自分でやってるような気分になっちゃう
19:00 (sengoku`) 見るのとやるのとでは大違いなのに、たいてーの人は見るだけで満足しちゃうんじゃないかと...

うっかり「批評家」と言ってしまって意図が通じにくくなってしまいましたが、 誤解されてもすぐ補足説明できるのが IRC のいいところですね。 「自分で実行しないで他者の行為をあれこれ言う者」という意味で使ったのですが、 「批評家」ではなく「評論家」と表現すべきでした。

19:01 (katsumiD) あぁ,それはあるかもですねぇ・・・
19:01 (katsumiD) 変な事をしてる人は一杯いて,それをいろいろ満てるだけでお腹いっぱいになってるとか・・・
19:02 (sengoku`) そういう傾向はあるんじゃないかなぁ~
19:02 (sengoku`) すでにやってる人がいるから、わざわざ自分でやらなくても、って
19:03 (sengoku`) 思っちゃうんじゃないかなぁ
19:03 (sengoku`) やってみれば、新しい発見があるかもしれないのにね。
19:04 (koura-h) それは分かりますね>わざわざ自分で~
19:05 (koura-h) 何かしりごみするっていうのか、既に誰か手を付けてると後から追いかける意欲が薄れるというか。

ようやく思った通りの結論にたどり着きました (^^)。

19:08 (koura-h) 例えばCPANなんかで、「これ自分で作ったんだけど登録してみよー」とか思っても大抵既に誰かがのっけてたりして、そういうのに何個か当たってしまうとそのしりごみの気持ちが強まってしまうっすね。。。
19:11 (ktaka) なるほど
19:12 (ktaka) >CPAN
19:12 (koura-h) (って打ってたら仙石さんが帰られていったorz

あはは。

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営, 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 09:00
このエントリーを含むブックマーク 2006年11月27日

作ること と 売ること (未踏集会 ESPer2006 秋の陣)

先週末、 未踏ソフトウェア創造事業の集会 ESPer2006 秋の陣 でプレゼンしました。 KLab(株)の黎明期に、いかに未踏事業の支援が助けになったか、 そして 5 人でスタートした KLab が 160人を超える会社に発展した過程を紹介しつつ、 私がそこから学んだことなどをお話ししました。 これからベンチャーを立ち上げよう、 そして発展させようとしている技術者の方々の参考になれば幸いです。

使ったスライドを公開します。 25分の持ち時間なので、スライド 21ページくらいは話せるかなと思っていたら、 調子に乗って喋りすぎ、大幅に時間を超過してしまいました。 ゴメンナサイ。 後半かなり早口になってしまい、一番言いたかった 「技術者の地位を向上させるには、 技術者以外の視点にも立ってみて、 技術者自身が視野を広げていかなければならない」 という主旨が、果たしてどこまで伝えられたかちょっと不安に思っています。

私のプレゼン手法は OHP (OverHead Projector) 時代に身につけたもので 1ページあたり 1分以上話すのが普通なのでした。 もう少し内容を絞り込めばよかったと反省しております (これでも、イイタイコトを大幅に削って 流れを単純化したつもりだったのですが… ^^;)。 でも、私の 21ページというのはかなり少ない方で、 多い人だと 100ページを超えていましたね (25分間なのに!)。 OHP 時代は、1ページ数秒しか見せないなんてことはありえなかったわけで、 いろいろなプレゼン手法があるものだと、とても参考になりました。

また懇親会や二次会 (残念ながら三次会は終電が気になってしまって参加できませんでしたが) で、沢山の方々とお話しすることができて とても有意義な時間をすごすことができました。 このような場を準備運営してくださった事務局の方々に感謝します。 ありがとうございました & お疲れ様でした。

スライドを PDF 化したものと、 FlashPaper を使って Flash 化したもの ↓ を公開します。

(続きを読む…)
カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 08:48
このエントリーを含むブックマーク 2006年10月2日

2000年、ケータイJAVA がベンチャーと技術者を結び付けた

技術をウリにする会社は、その立ち上げメンバに三種類の人種が含まれていることが必須なのだと思います」と以前書いたのですが、 「人種」が異なる人が出会う事って、 実はかなり稀な現象なのではないかという気がしています。

先日、某大学へ遊びに行く機会があったのですが、 日頃ベンチャーの中ではあまり感じることがなかった 「人種の近さ」のようなシンパシーを 感じてしまいました。 そういえば、私の大学時代の友人には、 大学に残って学究の道を進み、 教授や助教授にまで上り詰めた人が少なくありません。 大学に残らず大企業の研究所などに就職した人もいるのですが、 いつのまにか ;-) 大学に戻っていたりします。

彼らの大半は、私なんぞよりはるかに頭がよく、 その能力をベンチャー発展のために使ってもらえたら、 日本のベンチャーはもっと活気付くのにと、 つい思ってしまうのですが、 彼らの興味がベンチャーに向くことが稀なのだから仕方ありません。

つまり、大学志向の人とベンチャーを興そうという人とでは、 興味の対象が異なるのです。 日本の大学でインターネットの研究が盛んだったのは ‘80年代の終わりごろです。 インターネット黎明期と呼ばれる頃ですね。 日本を代表するような大企業の研究所では、 当時からインターネットに注目していましたが、 ビジネス的にはまだ海のものとも山のものとも分からず、 ましてこれから起業しようとする人たちが興味を持つような 代物ではありませんでした。

1992年ごろにインターネットの商用利用がはじまりましたが、 インターネットでベンチャーを興してみようと思う人たちが現れたのは、 1994年ころからです。翌年 1995年はインターネット元年と呼ばれていますね。 ところが大学では、 1992年ころまでにインターネットは すっかり日常生活の一部となってしまっていました。 いまさらインターネットで何をするんだ、と思ってしまっていた人も 多かったのではないでしょうか。 今となっては先見の明の無さを恥じるばかりですが、 私自身 1992年ごろには、インターネットにはもはや技術的に新しいことは 何も残ってはいないと思っていました。

ところが、みなさんもご存じの通り、ベンチャーにとってインターネットは ‘90年代終わりになってからが本番で、 2000年のネットバブル崩壊をものともせず、 数多くのベンチャーが果敢に挑戦を続けています。

学問的に盛り上がってしばらくして下火になる頃から、 それがビジネスの種になりベンチャーが盛り上がる、 こういう順番になるのは当たり前と言えば当たり前すぎるのですが、 こうした時間のずれが、 学問の世界の人たちと ベンチャーの世界の人たちが 出会う機会を減らしているのでしょう。

そんな中、2001年に始まったケータイJAVA は、 学問志向の人とベンチャー志向の人が同時に関心を寄せた、 数少ない例外の一つだったのではないでしょうか。 当時私はベンチャーに対しては何の興味もなかったのですが、 ケータイでユーザプログラムを動かすことができれば、 何か面白そうなことができそうだと思っていました。 一方この年は、iモードの成功が誰の目にも明確になった年で、 ケータイJAVA は iモードの可能性をさらに広げてくれるものとして、 多くのベンチャーが大変な関心を寄せました。

そうして、ベンチャー志向の人と、大学志向の人との出会いが数多く生まれました。 あれから 6年たった今、 こうした出会いを産み出す共通の関心事には何があるでしょうか?

カテゴリー: 仙石浩明CTO の日記, 技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 07:38
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