2011年11月28日

生涯 「こだわらないエンジニア」 宣言

2011年11月28日の KLab(株) 株主総会 (上場前の株主名簿に基づく最後の総会) 終了後、 私は取締役CTO を退任いたしました。 今から遡ること 11年前 2000年8月1日の (株)ケイ・ラボラトリー (当時の KLab の社名) 創業以来、 会社経営については全く無知であった私が何とかここまでやってこれたのは、 ひとえに皆々様方のご指導ご鞭撻のおかげであったと深く感謝いたします。 誠にありがとうございます。 引き続き KLab(株) 技術顧問として留まりますので、 今後ともよろしくお願いいたします。 なお、 後任として安井真伸が CTO に就任しました。

11年前、 日立製作所の研究所勤務の一研究員だった私が、 なぜケイ・ラボラトリーの立ち上げに参加したかといえば、 未知のモノに関わるチャンスがあれば、 あまり後先考えずに飛び付いてみる性格だったというのが大きかったと思います。

中途半端に好きな状態で居るのではなく、 興味を持ったのなら、全力で取り組んでみる。 自分の能力がどれくらいのものかと、把握できるまでやってみる。 そして向いてない、止めると決めたらそれ以上は手を出さない。 それを繰り返すことで、本当に自分が好きなもの、 人並み以上の価値を生み出せるものを見つけ出し、 それを仕事にしていったのが仙石氏のキャリアなのだ。

日立では一人の部下も持っていなかった私が、 マネジメントの何たるかを全く理解しないままに、 当時規模は小さかったとはいえ、 エンジニア集団のトップとして責任を負う立場に立ったというのは、 チャレンジというよりは無謀であったかもしれません。

失敗も多かったのですが、 まがりなりにも 11年も続けられたということは、 「経営者」 が向いていたということなのでしょう。 それまで私は自分のことを 100% 技術者 (ちょっとだけ研究者) だと思っていたのに、 マネジメントもそれなりに向いていたというのは発見でした。 「ベンチャー立ち上げ」 というチャンスに後先考えずに飛び付いて本当に良かったと思います。

もちろん、 私がしでかした数多くの失敗で、 多くの方々にご迷惑をおかけしました。 私の未熟さゆえに厄災に遭われた方々 (が本ブログの読者である可能性は低いのですが) にはこの場をお借りしてお詫び申し上げます。

右も左も分からない手探り状態で CTO の仕事を始めて以来、 一貫して自分に課していたことがあります。 それは、 「部下に仕事を任せること」。 ケイ・ラボラトリーの黎明期は、 やるべきことが多すぎて、 それこそ猫の手も借りたい状態だったので、 「仕事を任せること」 を自分に課したというよりは、 手が回らないから結果的に任せた格好になっていただけなのですが、 経営陣の末席を汚しているうちに経営とは何であるか私なりに学ぶ機会もあり、 黎明期を脱した後も、 たとえ自分がやりたい仕事であっても、 部下でもできる仕事であれば敢えて手を出さず、 任せるようにしてきました。

部下を育てなければ会社がまわらないわけで、 「仕事を任せることが重要」 なんてことは誰でも知ってるし、 誰でも実践していることだと思いますが、 自分がやりたい仕事まで手放す、 ということになるとどうでしょうか?

2006年に、 こんなことを書いています:

積極的に今の仕事を捨てるべきでしょう。 部下 (or 後輩) が成長してきて、 自分の代わりがつとまるようになったら、 全てその部下に任せてしまい、 新しいことにチャレンジするわけです。 そうすれば部下も育つし、 自分を変えることができます。 運がよければ新たな成長フェーズに入れるかもしれません。

私は、 チャンスに巡り合ったときに躊躇なく飛び付けるように、 あるいは新しいチャンスに巡り合う確率を上げるために、 取組んでいた仕事がある程度まわるようになったら、 その仕事にはこだわらず、 むしろその仕事を手放して別のことに取組むようにしてきました。

手放した仕事の中で一番大きかったのは、 大学院と日立で計 11年間も続いていた研究者としての仕事だったわけですが、 もし、 ベンチャー立ち上げに参加するチャンスに巡り合ったとき、 研究者としての仕事にこだわってチャンスに飛び付くのを躊躇していたら、 CTO をやってみることもなかったかもしれません。 当時は研究こそ自分の 「やりたい仕事」 だと思っていたのですが、 それを敢えて手放したことで CTO としての仕事に巡り合えたのだと思います。

その CTO の仕事も 2008年の時点で丸 8年になり、 かつての部下が二人も役員に登り詰めるに至って、 そろそろ私が KLab で果たせる役割も終わりが近づいてきたと意識し始めました。 社内で、 ことあるごとに 「CTO を辞めるつもり」 と (誰も本気にしてくれませんでしたが) 言っていましたし、 社外でも公言していました:

KLab を設立してから、どんどん仕事を捨てて自分を変えている (ピーターの法則に陥らないように)。 部下が成長したらすべて任せてしまう。 すべての仕事を部下に振り終えたら、私は CTO をやめる予定。 早く育成しないと。

株式の上場が現実味を帯びてきた頃、 ボトルネックの一つが人事制度でした。 人事は私にとって全く未知のモノでしたから迷わず飛び付きました。 労働基準法を一から勉強したり、 人事マネージャ候補を 20人以上面接したり、 弁護士や社労士の先生方と連係したりと、 初めてのことばかりで失敗もあったのですが得難い経験をしました。 特に人事担当者を採用するための面接は、 技術者の面接とはまるで異質で、 大変勉強になりました。 とはいえ、 私は (予想通り) あまり人事向きではなかったので、 一年程度で人事の仕事は手放して後任に引き継ぎました。

そして無事上場を果たしたいま、 KLab の業績は絶好調です。 過去 11年間の KLab の歴史の中で最も好調な今だからこそ、 11年続いたこの仕事を捨てて自分を変える最適のタイミングだと判断しました。 未練がないと言えば嘘になりますが、 新しいチャンスに巡り合うために敢えて取締役を退任することを願い出た次第です。 私のワガママを快く受け入れてくださった、 真田社長をはじめとする取締役の方々に感謝いたします。

今後は、 籍こそ KLab に残すものの、 非常勤ですので時間は最大限自由に使うことができます。 まずは様々な人とお話しして、 どこかにチャンスが落ちていないか ;-) 探すつもりです。 私から連絡するかも知れませんが、 もしご関心があればご連絡頂ければ幸いです。 私は今まで何百人 (数えたことがないので正確な数は不明) もの人を面接してきましたが、 面接を受けたのは (新卒時を含めて) 数回程度しかないので、 他社がどんな面接をしているのか大変興味があります ;-)。

私は、 23歳からの 11年間を研究者として、 次の 11年間を経営者として全力で取組んできました。 私はまだ 45歳、 さらにもう 11年間くらいは何か別のことに全力で取組むことができるはずです。

ついでにいうと、 コンピュータに巡り合ったのが 12歳の時なので、 コンピュータを専ら趣味でいじってた期間も 11年間です。 そしてこの 33年間、 コンピュータに対する関心だけは変らず一貫しているので、 根底ではエンジニアが一番向いているということなのでしょう。

私がいままでやってきたことにこだわるつもりはありません。 11年前、 それまで研究者だった私が、 研究にこだわらずに無謀にもベンチャーの立ち上げに参加したからこそ、 今の私があるわけで、 これからも、 そして生涯、 こだわらずに未知への挑戦を続けていきたいと思います。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 15:59
2011年10月13日

ベンチャーが学校教育に求めること

東北大学大学院の教壇に立ちました。 産学連係講義 「先端技術の基礎と実践」 という講義で、 毎週一人づつ企業から講師を招いて、 ソフトウェアや IT 技術の様々な側面について理論的、 あるいは実際的な観点から講義してもらう、 という趣旨でした。 講義題目の一覧を見ると、 私以外は、 (講義の趣旨から言って当然ですが) 技術的な内容ばかりで、 私の講義 「学生のうちに身につけて欲しい、たった一つの能力」 だけ浮きまくっていました (^^;。

本当にこんな内容で話していいのか (ある意味、大学院での教育方針にケンカを売るような内容ですので) と内心不安だったのですが、 少なくとも一部の学生さんには積極的に質問してもらえて、 1コマの授業時間だけでなく、 講義後のフリートークも時間いっぱいいっぱい使って、 学生さん達とお話しすることができました。 型破りな講義内容を快諾して頂いた先生方に深く感謝致します。

以下、 講義の内容です (実際の講義は脱線してしまったので、こんなに整っていませんが)。 囲み部分はスライドの内容です。

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おかげさまで KLab 株式会社は、先月 9月 27日に東証に上場しました

SAP (Social Application Provider) として上場するのは、 KLab が国内初だったこともあり注目を集めました。 SAP というのは、 GREE, モバゲー, mixi, ニコニコ動画などの SNS (Social Network Service) 上で遊べるアプリ (ソーシャルゲーム) を提供する会社のことです。 2009年に国内で初めて mixi が SNS プラットフォームをオープン化したのに合わせて KLab はソーシャルゲーム開発に舵を切り、 ソーシャルゲーム関連の売上が急拡大中です。 でも、 今日はソーシャルゲームの話はしません。 なぜか?

一つは、 明日が 2011年 8月期の決算発表で、 今うっかり先走って業績などを喋ってしまうと大変なことになるからですが、 もう一つは ↓

事業内容をみて就活するヤツ多すぎ (´・ω・`)

私は仕事柄、 就職活動中の学生さんとお話しする機会が多いのですが、 エンジニア志望なのに、 事業内容で会社を選ぼうとしている学生さんが多いことに違和感を覚えます。 みなさんは会社に入って事業をやりたいんでしょうか?

最初こそプログラマとして入社するけど、 あくまでそれは事業を理解する端緒としてであって、 なるべく早く開発を統括できるようになり、 事業を発展させることによって自らも成長し、 ゆくゆくは事業部長を目指し、 あわよくば社長も狙いたい、 ということであれば、 事業内容で会社を選ぶのも理解できます。

しかしながらエンジニア志望の学生さんの多くは、 事業部長を目指すというよりはもっと技術志向で、 専門性を活かした職種、 例えば技術コンサルタントやチーフアーキテクト、 あるいは 「技術者の社長」 であるところの CTO などをイメージしていたりします。 できればマネジメントはやりたくない、 開発の現場を離れたくない、 と考えている人も多いのではないでしょうか。

事業と技術、 どちらのキャリアを歩もうとするのか、 社会人としての最初の一歩を踏み出す前に、 もっと意識すべきではないでしょうか? なぜなら、 事業を中心に考えるのであれば技術は単なる手段であり、 極論すれば技術は新人の仕事ということになります。 できるだけ早く新人の仕事としての技術は脱却して、 マネジメント手法を学んでいかなければ 35歳でエンジニアとしての定年を迎えてしまいます。

一方、 技術を中心に考えるのであれば事業は単なる手段であり、 極論すれば事業が立ち行かなくなって会社が潰れてしまっても、 自身の技術力さえ伸ばせれば成功と言えるでしょう。 ずば抜けた技術力があれば転職も思いのままだし、 給料も言いたい放題でしょう。 だから、 事業内容で会社を選ぶのではなく、 その会社が自分の成長に役立つか否かで選ぶべきです。

言うまでもなくどっちつかずなのが最悪で、 残念なことにエンジニア志望だった人の多くが ↓ のような道を歩んでしまいます。

どっちつかずな人の末路 orz

若いうちは技術をやれ、と言われてデスマーチでこき使われる。
辛いけど自分は技術が好きなんだ、と現場にこだわり続ける。

そして、35歳でエンジニア定年。 泣く泣く現場を離れてマネジメントの道を歩み始めるが、
自ら進んでマネージャを目指した同期に追い付くのは不可能。

ただし技術の道を選んだとしても、 「ずば抜けた技術力」 が身につけられるのは、 元々その素質を持っていた人に限られます。 どの分野の技術でも向き不向きはあると思いますが、 ことコンピュータ関連の技術に関してはその傾向が顕著で、 努力すれば身につくような種類のものだとは到底言えないでしょう。 むしろ、 努力しなくても自然とスキルが伸びてしまったというような、 元々その素質を持っている人だけが、 高い技術力を獲得できる傾向があるように思われます。

なので、 自分が何に向いているか早く見つけることが何より重要、 ということになります。 ただし、いわゆる 「自分探し」 は時間の無駄です。 なぜなら、 向いているか向いてないかは、 やってみなければ分からないからです。

就活でちょろっとその会社の説明を聞いたぐらいで、 その仕事が自分に向いているか分かるわけはないのはもちろんですが、 実際に働き始めてみて 「自分に合いそう」 とか 「この仕事は自分に向いていない」 とか思うのもタイテー間違っていて、 自身の能力の限界まで力を出しきってみて初めて、 向いているか否かが分かる性質のものだと思います。 そもそもろくに仕事の内容を理解できてない段階で 「好き」 だの 「嫌い」 だの言ってみても始まりません。 何事もつきつめていけばそれまで見えなかったものが見えてくるわけで、 「好き」 だの 「嫌い」 だのは視野が充分広がった後で判断すべきものでしょう。

「好きなこと」 を仕事にするのは叶わぬ夢なのか?

「好きなこと」 「向いていること」 を仕事にしたい。 多くの人がそう望んでいると思いますが、 現実はそうなっていません。 むしろ、 生活のため仕方なく仕事している、 という人がほとんどでしょう。 「好きなことはあるけれど、 それで食っていくことはできない」 とあきらめてしまっています。

例えば、 私の周囲にはセミプロ級 (自称) のカメラマンがいます。 そんなに好きならなぜプロにならないのか? と聞いたこともあるのですが、 「カメラは趣味だからいいんだ」 などと意味不明な答が返ってきます。 彼らはプロを目指さず、 あまり好きでもないソフトウェア開発業務に携わっているわけですが、 それはプロのカメラマンを目指そうとすると、 自身にその素質がないことが白日のもとにさらされると思っているからなのでしょう。 つまり、 本気でプロを目指して挫折すると、 せっかくの 「趣味」 が嫌いになってしまうのが怖いのだと思います。

つまり、 「好きなことで食っていけない」 のではなくて、 プロを目指してみる覚悟がないだけなのです。 本気でプロを目指せば、 その道の素質があるか否か、 たちどころに分かることでしょう。 もし素質がなければ、 さっさとあきらめて別の道を試せばいいだけの話です。 手当たり次第に試していけば、 きっと自分に向いていて、 かつ本当に好きと思える仕事が見つかることでしょう。

だから最初に何をやるかは実はあまり重要ではなくて、 何をやるにしても本気でプロを目指してみることが重要、 ということになります。 大学に残ってアカデミックな世界のハイアラーキを登り詰めようというのでなければ、 プロを目指すのは就職してからが本番ということになります。

では、いま何をすべきか?

「産業界が学生に求めるのはコミュニケーション能力だ」 というデマが出回っているようですが、 これは嘘ですので忘れてください。 マトモな人に聞いてみれば誰でも同じ答がすぐ返ってくると思うのですが、 一番重要なのは 「考える力」 です。

考える力がないヤツ多すぎ (´・ω・`)

そもそも大多数の学生さんは 「考える力」 が何だか分かっていません。 幾多の試験を突破し、 大学院にまで登り詰めた学生さんを相手にずいぶんな言いようだと思いますが、 実際に数多くの学生さんと話してみた結果なのだから仕方ありません。 逆に、 考える力のある学生さんなら、 学歴・知識・コミュニケーション能力など一切不問で採用します。

例えば、 ほとんどの学生さんは、 何を聞いても質問一つできません。 当人は質問すべきことがないから質問しないだけ、 と思ってヘーキな顔をしていますが、 本当は何を質問したらいいか考えられないだけなのです。 また、 学生さんが就職して会社で開口一番、 何と言うか分かりますか?

少なくない人が 「早く仕事に慣れて、みなさんのお役に立ちたい」 って言うんです。 ベルトコンベアの組立工とか、 マニュアル通りに振る舞うことが期待されるマクドナルドの店員とかなら、 仕事に慣れることも必要でしょうが、 そういう仕事だと思って就職したんでしょうか? いくら今まで仕事をした経験がないといって、 あまりにウブすぎます。

そして極めつけは、 知識の習得には貪欲でも、 習得して何がしたいかの展望をまるで持っていないことです。 知識は手段であって目的ではありません。 それが小学校〜大学院 6+3+3+4+2=18年にもおよぶ学習期間において、 ひたすら知識を習得し続けた結果、 なんのために習得したのか、 その目的をすっかり忘れてしまったのでしょう。

学びて思わざれば、すなわち罔し

「目的意識を明確に持て」 とは誰しも言う言葉ですが、 では目的とは具体的には何なのか? 「世のため人のため」 とか途方もなく抽象的なことを言ってお茶を濁していませんか? あるいは逆に 「給料をもらうため」 とか途方もなく具体的なことを言ってしまうかも知れません。 いずれの場合も、 そこから考える余地があまりなく、 思考停止してしまいがちです。

抽象的な話では面白くないので、 私自身の例を紹介しますと、 ずいぶん前から (たぶん中学生のころから) 「有名になりたい」 という目的を持ち続けています。 自分の名前を売るにはどうすればいいか考え、 (オープンソースという言葉ができる以前から) オープンソースソフトウェア (例えば stone) を公開し、 ブログを書き、 インタビューを受け、 いろんなところで講演したりパネルディスカッションに登壇したりしています。 今日、 ここでこうやって講演しているのも、 実を言えば、 人前でうまく話す練習をしたい、 というのが一番の動機だったりします。

ついでにいうと、 なんで有名になりたいかと言えば、 自由になりたいからです。 近頃は 「社蓄」(「会社+家畜」から来た造語) という言葉が使われるようになりましたが、 いわゆるフツーのサラリーマンは少しも自由ではありません。 嫌な仕事でも生活のためにヤムを得ず働いているわけです。 会社に依存せずに生きるには、 会社の肩書がなくてもやっていけるだけのネームバリューが必要ということに (たぶん中学生のころ) 気付き、 それ以来、 自由になるにはどうすればよいか考え続けてきました。

考える力は、 考えることによってしか伸びないわけで、 そのためには自分の考えが足りないことを自覚することが必須でしょう。 そして考えが足りないことを自覚するには、 まず自分が無知であること、 すなわち自分は何が分かっていないかを自覚することが必要です。

ここで重要なのは、 「分かってない」 と 「知らない」 の違いです。 「知らない」 ことは調べれば済む話で、 考えてどうこうできる問題ではありません。 つまり 「自分には知らないことがある」 と自覚したところでそれは考えるきっかけにはなり得ません。

一方、 「分かってない」 のは決して知識が足らないためではありません。 だから調べてどうこうできる問題ではありません。 例えば 「数」 の概念が分かってない人に 「数」 とは何かを教えようとする状況を想像してみてください。 あるいは逆に、 自分が 「数」 という概念を分かってなかったとして、 どうしたら 「数という概念が分かっていない」 ことに気付けるか想像してみてください。

「分かってない」 と 「知らない」 は違う

「分かる」 と 「自転車に乗れるようになる」 は似ている

思うに、 「分かる」 というのは 「自転車に乗れるようになる」 ことに似ていると思います。 「分かってない人」 が無自覚であると同様、 自転車を見たことがない人にとっては、 自分が自転車に乗れないと気に病むことはないでしょう。 そして最初の 「分かろう」/「乗ろう」 というチャレンジは確実に失敗します。 どうすれば 「分かるか」/「乗れるか」 皆目見当がつかない一方で、 いったん 「分かる」/「乗れる」 と、 どうやってそれができるようになったのか思い出せなくなってしまいます。

というわけで、 「考える」 ためにはまず自分が 「分かってない」 ことを自覚し、 次に 「分かろう」 と努力することが必要です。

後者は、 「分からないこと」 が目の前にあるわけですから、 あきらめさえしなければさほど難しくはないでしょう。 といっても思考停止という罠がたくさんあるので、 後者は後者で一筋縄には行かないのですけれど、 そんなことより問題は前者です。

すなわち、 「分かってない」 ことをいかに自覚するか? が鍵となります。

おそらく、 自力で自分の 「分かってなさ」 を自覚することは無理で、 他者に指摘してもらって初めて気付かされる、 という場合がほとんどなのではないかと思います。 じゃ、 どうすれば他者に指摘してもらえるか? 黙っていては無理で、 自分から自身の考えを発信してみることが重要なのではないでしょうか?

変なことを発信すれば、 親切な人が 「おまえは何を言ってるんだ?」 と指摘してくれるかも知れませんし、 慣れてくると他者の反応もあらかじめ予測できるようになり、 発信する文章を練っている段階で自分の至らなさを痛感するかも知れません。 私自身、 こうやって自身の考えを長々と述べていますが、 この考えのほとんどは、 いろいろな人と対話した結果生まれたものであって、 決して私の頭だけで考え出したものではなかったりします。

というわけで、 まずは内容は二の次で、 自分の言葉を発してみることが何よりも重要でしょう。 例えば今この場で、 質問してみるところから始めてみてはいかがでしょう?

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 22:50
2010年12月15日

“自分に向いたこと” を見つけ、自分にしか生み出せない価値を持て

今年 8月に、 株式会社ドリームキャリアさんのインタビューを受けました。 ドリームキャリアさんは、 理系学生のための就職情報サイト 「理系ナビ」 を運営している会社です。 いま、 一部の大学で配布中の小冊子 「理系ナビ 10冬号」 の巻頭の 「トップインタビュー」 に掲載されました。 2012年卒 (に限りませんが) の学生さんの就職活動の参考になれば幸いです。

ドリームキャリアさんの許可を得て、 記事全文を転載します:

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“自分に向いたこと” を見つけ、
自分にしか生み出せない価値を持て

KLab株式会社 取締役 CTO 仙石 浩明

会員数 500万人を超えるソーシャルアプリ 「恋してキャバ嬢」 を開発・運営するなど、 ソーシャル、クラウドをキーワードに事業展開を図る KLab株式会社。 その最高技術責任者 (CTO) である仙石浩明氏は、 専門誌でサーバ構築に関する連載を持ったことがあるなど、 業界でも名の知れた人物だ。 自身も IT業界でキャリアを積み、 KLab の取締役として数多くの新卒・中途採用の面接を重ね、 そして入社してきた相当数のエンジニアの仕事ぶりを見つめてきた仙石氏に、 就職先を選ぶ際に気を付けるべきポイントについて話を聞いた。

考える前にやってみる。
そして見つけた自分に向いた仕事

「世の中には、 仕事を楽しんでいない人が多いように感じますね。 どんな仕事をしても良いのですが、 楽しんでほしい。 楽しめないような職業は選んでほしくないのです。 楽しめなければ成長できるはずがない」

これから就職活動を迎える学生に、 このようなメッセージを送るのは KLab株式会社最高技術責任者 (CTO) の仙石浩明氏。 「朝、コンピューターに向かったら熱中してしまい、 気が付いたら夜だった」 というほどのめり込めることを仕事にする仙石氏は、 コンピューターとは中学時代に出会ったという。

ただ、コンピューターばかりにのめり込んでいたわけではない。 高校の時は数学好きで特殊相対性理論にも興味を持った。 哲学にもはまり、 大学で哲学を専攻しようかと真剣に悩んだこともあったが、 最終的には哲学よりも好きだった情報工学を学ぶことに決め、 京都大学工学部に進んだ。

そのまま大学院に進み、 就職活動を迎えた仙石氏は、 日立製作所への入社を選ぶ。 当時、 情報系の研究をするなら NTT の研究所が一番人気。 仙石氏は NEC のインターンシップにも参加していたが、 あまのじゃくな気質を発揮して 「それ以外から選ぼう」 という判断をしたそうだ。

日立に入社した後は、 遺伝的アルゴリズムやネットワーク基盤技術の研究を進める。 だが入社してから、 会社での仕事以上に熱中したのはテニス。 定時であがって、 日没までテニスを続けるような日々だった。

ただ、 そのテニスは半年間しか続けなかった。 「私の場合、 『向いているんだろうか』 と考える前にやってみます。 やってみて向いてないと思えば止めてしまう。 コンピューターの道だけを選んで成功したと人には思われているようですが、 物理、数学、哲学、テニスと試してみて、 止めたものも数限りなくあるのです」 と仙石氏は自身がテニスを止めた理由を説明する。

中途半端に好きな状態で居るのではなく、 興味を持ったのなら、 全力で取り組んでみる。 自分の能力がどれくらいのものかと、 把握できるまでやってみる。 そして向いてない、 止めると決めたらそれ以上は手を出さない。 それを繰り返すことで、 本当に自分が好きなもの、 人並み以上の価値を生み出せるものを見つけ出し、 それを仕事にしていったのが仙石氏のキャリアなのだ。

ほかの人にもできる仕事は最小限に
自分しかやれない仕事にフォーカス

元々、 定年まで働くつもりはなかったというが、 大手企業で働くうちに仙石氏は会社に違和感を覚えるようになる。 上司から指示される仕事は、 ほかの人にでもできるような仕事。 「ほかの人ができることをやっていても差が付かない」 と考えた仙石氏は、 必要最小限で済ませるようになり、 上司から指示されていない自分にしかできない研究に取り組んでいった。

しかし、 そうした働き方が評価されるわけではなく、 仙石氏の給与は年功序列でほかの社員と横一線。 会社から与えられる仕事は、 相変わらず代わり映えしなかった。

そんな時に、 仙石氏のところに1本の電話が掛かってくる。 外資系ヘッドハンティング会社の転職代理人からの転職を勧める電話だったが、 「転職という手段もあるのか」 とその時に初めて意識することになる。

そして転職代理人から薦められたモバイルコンテンツ開発会社に面接へ行ってみたところ、 「新しく研究開発の会社を立ち上げます」 という話を聞く。 当時の仙石氏はベンチャーに興味があったわけではなく、 携帯電話すら持っていないような状況だったが、 「面白いかもしれない。 やったことがないからやってみよう」 と転職を決意する。

そんな経緯で入社したのが KLab の前身となるケイ・ラボラトリー。 CTO に就任した仙石氏は、 世界初の携帯電話向け Javaアプリの開発、 携帯電話端末の技術仕様策定等、 モバイル技術開発会社として業界内で存在感を示す KLab を、 技術面でリードしていくことになる。

“自分にしかできないこと” を
評価してくれる会社の見分け方

仙石氏は自身の経験を踏まえ、 エンジニアが就職先を選ぶのなら、 “自分にしかできないこと” を評価してくれる会社にすべきだと訴える。

「会社は 『この仕事をやってほしい』 と考えて、 誰にでもできる仕事を任せるために人を採用している面もあります。 ですが、 そんな仕事ばかりでは人は成長できません」

自分に向いていること、 やっていて楽しいことを評価してくれる会社。 そんな会社かどうかを見抜くには、 「自分はこんなことを考えている」 と面接で伝えれば良いと仙石氏は助言する。 面接官が興味を持ってくれるのなら、 その会社には見込みがある。 だが、 興味すら示してくれないのなら、 社員一人一人の関心・適性に会社としての興味はないということ。 適材適所ではなく、 会社の都合で仕事が割り当てられると思った方が良いのだとか。

「私なんかは、 大学での研究について話を聞くのが好きですね。 教授に言われてやっている研究ではなく、 自分がやりたいと思って取り組んでいる研究。 その人が今までに熱中したことについて延々とでも話を聞くことで、 ほかの人と違うことをやることに価値を見出せる人かどうか、 簡単に分かります」 (仙石氏)

“自分に向いていること” を
見つけるために設けたどぶろく制度

自分だけにしかできない仕事。 そのための時間を取ってもらうために KLab では 「どぶろく制度」 を設け、 標準労働時間の 10% までなら、 好きなように使えるようにしている。 ただ、 どぶろく制度の目的はそれだけではない。 仙石氏は片っ端から興味を持ったことにチャレンジして “自分に向いていること” を見つけたが、 すべての人がそれを見つけられているわけではない。 「今やっている仕事内容とは違うことに仕事時間を使うことで、 “自分に向いていること” を見つけてほしい。 向いているかどうかを確かめるためには、 転がり込んできたチャンスにチャレンジすることが必要。 『時間がないから』 という理由で動かない人が多いので、 それを言い訳にさせないためにつくったのがどぶろく制度なのです」 と仙石氏は制度の狙いを明かす。

また、 KLab では “自分に向いていること” を突き詰めて “自分にしかできないこと” を身に付けているエンジニアを正当に評価するため、 ダイナミックな人事評価制度を導入している。 基本的に年に一度、 成果と能力に基づいて給与を改定するが、 新卒入社の社員には、 入社から 3年間は半年に一度見直しをかける。 能力のある社員なら、 給与テーブルのグレードを一足飛びで駆け上がっていくため、 入社して数年の間に数百万円の年収差が生まれることもざらにあるのだとか。

質問すること、チャレンジすることで
伸びる 「考える力」

もちろん、 “自分に向いていること” が見つかったからといって、 “自分にしかできないこと” がすぐにできるようになるわけではない。 そのためには自分自身の成長が必要になる。

成長のためには、 「考える力」 が重要だと仙石氏は言う。 例えば、 多くのエンジニアはある程度仕事を覚えると、 あとは惰性で仕事をするようになる。 仕事で分からないところが出てきても、 検索エンジンを使って調べれば、 だいたいの答えが出てきてしまう。 チャレンジが無くなることで、 そのエンジニアの成長はそこで止まってしまうのだ。

そんな仕事スタイルのエンジニアこそ、 誰にでもできる仕事しかできなくなると仙石氏は批判。 「考える力」 とは抽象的な概念なので説明しづらいが、 知りたいことに憶さず質問して興味を持ったことを深掘りしていくこと、 そしてチャレンジすることを通して育つ力だと説明する。

ちなみに KLab では、 自分の興味・関心のあるテーマについて大勢のエンジニア相手に発表させる勉強会を開くことで、 エンジニアとしての成長を促している。 自分が深めたいと考えているテーマを自分の力で考えて発表させることで、 あるいはそれを聞いて質問する力を伸ばさせることで、 社員の成長を促しているのだとか。

格差が進む 20年後のために
自分だけの価値を生めるように

しかし、 なぜそこまで “自分に向いていること” “自分にしかできないこと” にこだわらなくてはいけないのだろうか。 仙石氏はその理由について次のように語る。

「これから就職する学生が迎える将来の社会について、 私はかなり悲観的な見方をしています。 格差社会と言われていますが、 今から 20年後には格差がもっと進むのではないでしょうか。 日本の会社は、 まだまだ昔ながらの年功序列に支えられています。 成果主義が広まっているとは言うものの、 仕事のできる人とできない人とで、 そんなに差は付いていません。 これから就職する学生の皆さんが 40〜50歳になっているころには、 それこそ年収が1ケタ違うのも当たり前にあり得るのではないでしょうか」

実際に 20年前と今とを比べると、 誰にでもできる単純作業のうち、 かなりの部分が技術の進歩によって一掃されてしまった。 現在、 誰にでもできる仕事でお金をもらっている人は、 20年後にどうなってしまうのか。 そう考えていくと、 他人には生み出せない自分だけの価値を持つことが必要なのだと仙石氏は話している。

20年後のあなたは “自分に向いていること” を見つけて、 “自分にしかできないこと” を習得できているだろうか。 本当に成長したいのなら、 「当社が一番適した会社かどうかは分かりませんが、 技術者が会社に依存せず、 自分の価値を築ける一番の会社にしようと、 少なくとも私は本気で考えています」 という仙石氏の居る KLab も、 就職先の選択肢に含めてみてはどうだろうか。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 15:19
2010年4月2日

「無知の無知」への 3ステップ

KLab(株)は、 2007年から新卒採用を行っています。
今年も例年通り、4月1日に入社式を行いました。

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みなさん、入社おめでとうございます。 社長のお話が終わり、みなさんは挨拶が終わって、 緊張もほぐれてきたのではないかと思います。 ここからは各役員の挨拶なのですが、 なぜか私だけは挨拶だけでなく (長くならない範囲で ^^;) 話もしろということになったらしいので、 話を捻り出してみます。

「考えることが大事」ということは社長のお話にもありましたし、 みなさんも既によく知っていることだと思います。 ただ、 知っていることと実際に実行できることとの間には越えがたい壁があることも事実で、 分かっちゃいるけどついつい考えなくなってしまう、 あるいは考えているつもりが、 いつのまにか深く考えることがなくなってしまうものなのでしょう。 そもそも自分がどのくらい考えているかなんて、 なかなか意識するのは難しいですよね。

入社時にはみんな等しく、 これからは「考える習慣」を身につけよう、 と決意を新たにしたはずなのに、 3年で大きな差がついてしまうのが現実です。 考える習慣を身につけた人がどんどん成長するのに対し、 考えることを習慣化し損なった人は停滞したままなので、 その後も差は広がる一方。 10年 20年もたつととんでもない差になってしまいます。

なぜこんなにも差がついてしまうのでしょうか? ただやみくもに 「考えよう」 としても、 具体的に何をすればいいのかよく分かりませんよね? なので逆に何をしてはいけないかについて今日はお話ししたいと思います。 今日からみっちり 2ヶ月間、 新人研修でいろいろなことを学んでいくみなさんにとって、 「何をしてはいけないか」 を押えておくことはきっと役に立つと思います。

私は仕事柄、 面接をする機会が多いのですが、 お会いする人の中には考える習慣が全くない人もいます。 ご本人にはそういう自覚が全く無く、 人並みには考えていると思っているようなのですが、 私から見ると正に 「人生オワタ」 状態で、 なぜそうなってしまったのだろうかと考えているうちに、 ついついその人の身の上を根掘り葉掘り聞いて人生相談モードへ入ってしまうので、 そういうことを繰り返すうちに、 だんだん原因が見えてきたように感じています。

考える習慣を持たない人に共通する問題点として 「無知の知」 ならぬ 「無知の無知」 があります。 自分が分かってないことを分かってない、 自分の浅慮では到底及ばない領域があることが全く想像できない、 いわば 「井の中の蛙」 状態ですね。 「無知の無知」 状態になってしまうと、 今の自分の考え方で満足してしまい、 今の自分の枠を越えて考えてみようという発想がでてきません。 当然、 考える習慣もなくなってしまうわけです。 なぜこうなってしまうのか? 次の 3つのステップを経て 「無知の無知」 状態に至るケースが多いように思います:

  1. 後で調べればいいや
  2. 何が分からないのか分からない
  3. 分かったつもり

「質問する前に考えろ」 「それくらい Google 検索などを使って調べろ」 「ググれカス」 などと言われるようになったのはいつのころからでしょうか? 確かに何でもかんでも 「教えて君」 では困りますが、 「すぐ質問すること」 = 「悪いこと」 とする風潮はいかがなものかと思います。 こういう風潮が、 「聞くのは恥ずかしい」 「後で調べればいいや」 という意識を生んでいないでしょうか。

ちなみに私は全く正反対で、 「分からないと言える」 = 「カッコイイ」 と中学生の頃から思い込んでるので、 今でも堂々と 「分からない」 を連発しています。 もちろん、 「CTO がこんなことも知らないのか?」 と思われる (^^;) リスクも無いわけではないので、 TPO を考慮せざるを得ないこともあるのがちょっと残念です。

確かに本当に後で調べるのならまだいいのですが大抵は忘れてしまいます。 仮に忘れずに後で調べて言葉の意味を知ったとしても時間は遡れません。 その場で意味を聞いていれば相手と有益な議論を展開できたのかもしれないのに、 その機会は永久に失われてしまうわけです。

そして何より怖いのは、 知らない言葉が出てきても何とも思わなくなってしまうことです。 ふつう、 相手の話の中に意味が取りにくい言葉があれば気持ち悪く感じ、 なんとかその気持ち悪さを解消しようと思うものだと思うのですが、 「後で調べればいいや」 と思ってるとだんだんこの 「気持ち悪さ」 が無くなってきます。 この 「不感症」 が最初のステップです。

そして一つの話の中に知らない言葉がいくつも出てきても、 何とも思わない状態になると次のステップが見えてきます。 知らない言葉が複数出てくれば、 当然話全体が分からなくなるし、 そもそも話自体に興味が持てなくなります。 こうなってしまうと、 「何が分からないか分からない」 状態に陥ります。 いわゆる 「質問したくても何を質問したらいいのか分からない」 状態ですね。

質問しようとしない人に、 「もっと質問しようよ」 と言うと返ってくる言葉が、この 「何を質問すればいいのか分からない」 です。 話を興味を持って聞くということが無くなってしまっているために、 相手が話していない部分を聞き出そうという意欲が失われてしまっています。 もちろん、 人の興味は十人十色ですから、 ある話題に興味が持てないというのは普通でしょう。 問題なのは、 どんな話であっても興味が持てないことにあります。 しかも本人的にはそれが普通な状態なので、 他人の話を興味を持って聞くということがどんな体験だったのか、 もう覚えていなかったりします。 この 「無関心・無気力」 が第2 のステップとなります。

この第2 のステップの怖いところは自覚症状があまり無いことにあります。 自分は 「無気力」 ではない、 と思う人が大半だとは思いますが、 どんな話を聞いても、 質問したいことが思い浮かばないようだと 「第2 のステップ」 がかなり進行中であるわけで要注意です。 なんとか気付いて危機感を持って欲しいですし、 私はことある毎に 「質問しろ〜」 と口を酸っぱくして言ってるのですが、 長年染み付いた習慣というのはなかなか克服できないものなのかも知れません。

第2 のステップは 「分からない」 ということ自体は自覚できているのでまだ救いがあるのですが、 この症状が進むと第3 のステップである 「分かったつもり」 に至ります。 「分からない」 という意識さえあれば何かのきっかけで 「分かろうとする意欲」 が芽生えるかもしれないのですが、 分かっていないこと自体が分からなくなると、 その可能性すら無くなってしまうので末期的です。

何を聞いても 「分かったつもり」 になってしまって、 表面的な理解だけで満足するようになってしまうと、 自分の考え方と相手の考え方が異なっていてもそれに気付かない、 ということが起り得ます。 つまり相手の話を自分の思考の枠内だけで理解してしまうわけです。 まさに 「無知の無知」 です。

と、 いうわけで今日からの研修では決して疑問点を残さないよう、 積極的に質問してください。 また、 「分かった」 と思っても本当に理解しているのか、 今一度自分を疑ってみてください。

例えば、 半年前に内定式で渋滞の話をしました。 忘れてしまった人は私のブログを参照してください。 社会人経験がまだ無いみなさんには、 あの話を完全に理解することはなかなか難しいのではないかと思いますが、 「分からない」 という感覚を持っていますか? そして分からないとすればどこが分からないのか考え、 何を質問すれば自分の理解を深められるか是非考えてみてください。

まだまだ自分は 「分かっていない」 と自分を疑うことこそが、 考えを深めていくために必要なのだと思います。 KLab への入社が、 みなさんの人生において飛躍のきっかけとなることを期待します。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 13:19
2009年10月27日

パネルディスカッション ~CTO のから騒ぎ for the future~ に登壇しました

先日開催された楽天テクノロジーカンファレンス2009 で、 パネルディスカッション ~CTOのから騒ぎ for the future~ にパネラーとして登壇しました。 他のパネラーはベンチャーの CTO の方々。 いずれも 「CTO サミット」 (という名の飲み会) で毎度ご一緒している皆さんなので、 飲み会と同様とても盛り上がりました。 モデレータの森さま (楽天技術研究所所長)、 どうもありがとうございました。

このパネルディスカッション (という名のビール飲みながら放談会, ただし私は飲めないのでウーロン茶) の議事録を書いてくださったかたがいらっしゃったので、 適宜引用しつつ感謝の意を表します。(_O_)

まず冒頭の自己紹介の部分から:

KLab 株式会社の仙石です。 就職してから 16~17 年。 卒業してしばらくはベンチャーに縁がない生活(論文書き)。 ある日突然転職することになり、2000 年に転職。 気の向いたことにどんどんのめり込む性格。 技術者が経営をやるのってどういうこと? という質問はまた後ほど。 KLab を設立してから、 どんどん仕事を捨てて自分を変えている (ピーターの法則に陥らないように)。 部下が成長したらすべて任せてしまう。 すべての仕事を部下に振り終えたら、私は CTO をやめる予定。 早く育成しないと。

CTO と聞くと、 「技術者でありながら経営にも関わるとはどういうこと?」 と疑問に思われるかたも多いかと思うのですが、 私の場合はあまり難しく考えていないのです。 以前インタビューを受けたときにも話したことがあるんですが:

(やってみたいと思ったことがあったら) 片っ端からやってみればいいじゃないですか。 だって、世の中には、好きなものか嫌いなものかしかないですからね。 好きなことからやって行けばいいじゃないですか。 好きなことが幾つかあるとかじゃなくて、私の場合、 好きなことがあったらやってみるんですよ。 やってやって、あるとき飽きちゃうみたいな感じなんです。

たまたま目の前に、 「起業に参加するチャンス」があって、 面白そうだから乗ってみた、 というだけのことなのです。 やってみて向いてないと思えば、 思った時点で止めてしまいます。 例えば実際、 論理回路や遺伝的アルゴリズムの論文を書くこととか、 (前職で)定時直後に退社して日が暮れるまでテニスする生活とか、 (大学の時に)数学者目指して勉強をするとか、 (浪人中に)哲学への道を目指そうとしたこととか、 中途半端なまま止めちゃったことも沢山あります。

パネルディスカッションでは、 Ruby 開発者として有名な まつもとゆきひろ さんも、 質問しました:

まつもと 技術者としての上がりとしての CTO ってどうですか?

仙石 CTO が上がりとは思っていない。

まつもと キャリアパスの途中としての CTO は。

仙石 キャリアパスって全然意識していない。 興味のあることをトコトンやって、飽きたらやめる。 今は私が定義した CTO の道をドンドンやるって感じ。 他の人は違うと思うが。

私の受け答えがぞんざいな言葉になってますが、 もちろん小心な私がこんな物言いをするわけはなく、 単に議事録上での表現ですから、 まつもとさんに対して何て口のきき方だ、 などとは思わないように願います。;-)

私にとっての CTO は 「上がり」 どころか 「キャリアパスの途中」 でもなく、 手当たり次第にやってみたことの一つに過ぎないのですが、 幸か不幸か(?) CTO は 9年間も続いていて、 私の今までの人生で二番目に長い記録です。 一番長いのはもちろんコンピュータに対する興味で、 こればっかりは中学生の時以来、 30年以上も変わらず続いています。 よく飽きないものだと思うのですが、 これが 「向いている」 ということなのだろうと思います。

というわけで、 いろいろ手当たり次第にやって、 向いてないことはさっさとあきらめて、 結果として向いてることだけが残る、 という人生を私は歩んできました。 将来のキャリアパスを描いて目的意識を持って努力する、 いわゆる「真っ当な」生き方とは正反対の生き方なので、 他の人に勧めてよいのか微妙ですね。

さて、 CTO って聞くとみなさんはどんなイメージを持つでしょうか。 十人 CTO がいれば十通りの答が返ってきそうですね。 私自身、(株)ケイ・ラボラトリー (当時, 現 KLab) の創業に加わった当初は、 CTO が何をする人なのか具体的なイメージはまるで持っていませんでした。

 仙石さんは何をされているんですか?

仙石 ボケなくちゃいけませんか? 何もしてません(笑)。
会社を興したときは何から何までやってました。 プロマネ兼プログラマ兼システム管理者。 社内でヘルプデスクをやる羽目になったり。 年を経て人が増え、部下に自分がやってた仕事をどんどん任せた。 次から次へと部下が成長していくので、 私がやっていたことを部下ができるようになる。 あるとき、 「自分がデータセンターに行かなくても何とかなるな」と思い、 仕事をどんどん捨てていった。

これこそが CTO の役割なのかな、と思った。 会社の中でやるべきこと、 やったほうがいいことを新たに作って、 明確にした上で部下に押しつける。 そんな感じでやってきた。 自分が今仕事をしているのはよろしくないことだ。 一生懸命部下に押しつけるのが仕事だ。

もうひとつ言わせてもらっていいですか? CTO っていうのは、 「技術者にとっての社長」という役割を果たすべきではないのかな。 技術者はビジネスに対して本音の所では興味が持てない。 なので、社長に本当に心の底から共感できるかというと、微妙。 そういう社員も多いんだろうな、 そういうときにビジネスのことばかり言ってないで技術の話もすれば、 共感できるんじゃないか。

話長いよ、と思われるんじゃないかと恐れて端折ってお話ししたため、 ちょっと分かりにくかったかも知れません。 特に 「何もしないことが CTO の仕事」 という言い方は誤解を招きかねない言い方なので、 ちょっと心配しつつの発言だったのですが、 幸い twitter では好意的な反応ばかりでした (_O_)。

ちなみに私は今まで twitter を使ったことがなかったのですが、 このパネルディスカッションで twitter の威力を思い知り、 改心して twitter のアカウントを作りました。 よかったらフォローしてください。

このときパネラーの藤本さん (グリー) が twitter で 「仙石さんのあとひとことは3 minutes」 って書いていた (話長くてスミマセン) のですが、 その時 twitter を使っていなかった私は気付かなかったのでした。

当然ですが企業は利益を出さなければ存続できませんから、 24時間儲ける仕掛けのことばかり考えているビジネスの戦略家が社長をやるべきです。 ところが技術者にとってビジネスというのは、 その重要性はもちろん分かってはいるんですが今一つ興味が持てない、 というのが本音ではないでしょうか。 かくいう私も、 9年間 CTO をやっていながら、 儲ける仕掛けのことを考えるよりは、 コンピュータのことを考えていたいタチです。

そういう 「ビジネスより技術が好き」 という技術者にとっては、 目を輝かせて会社の将来を語る社長に対して心の底から共感できるかというと、 なかなか難しいところもあるのではないでしょうか。 社内が 「ビジネスを創り出していこう」 という活気で満ち溢れれば溢れるほど、 疎外感を感じてしまう技術者が出てきてしまう気がします。

技術者ってのはおしなべて真面目ですから、 社内の雰囲気に共感できない自分に対して嫌悪感を抱いてしまう。 あるいはビジネスに興味を持つ自分を無理矢理にでも演じてしまう。 でも、何が好きかなんてのは根源的なものなので、 興味が持てないことを無理に好きになろうとしても土台無理じゃないかと思うのです。 そんな技術者に対して、 「ビジネスに関心が持てないのは悪いことじゃない」 というメッセージを送るのが、 CTO の役目なんじゃないかと私は思っています。

仙石 私の持論は 「餅は餅屋」。 技術とビジネスを考える人がいてもいいけど、 24時間技術のことだけを考える人がいて、 24時間ビジネスのことを考える人がいればいい。 会社なんだから、 役割分担しつつ進めていくのがいい会社だと思う。 技術者はビジネスのことは考えなくていいから、 みんなをアッと言わせることをやろうよ、と。

ちなみに、 社長が技術者であれば技術者が疎外感を感じることはないでしょうし、 実際そういった理由で社長が技術者である会社を選ぶ人も多いのだと思いますが、 会社は儲けなければ存続できません。 高い技術が儲けにつながるとは必ずしも言いきれない昨今、 社長が技術のことばかり考えていて大丈夫なのでしょうか?

「餅は餅屋」 の話を受けて、 役割分担するなら、 お互いをリスペクト (尊敬) することが重要だよね、 という話を藤本さんが投げ掛けました。 私も全く同感です:

藤本 お互い(技術者と非技術者)どうやってリスペクトするのか。

仙石 自分ができないことをできる人を尊敬すればいい。ウチの会社はそうなっている。

藤本 エンジニアリングを追求していきたい人とはどういうコミュニケーションを?

仙石 週 1 の定例ミーティングで、私は会計の話をしている。技術者であっても、いろいろなことに興味を持ってほしい。できなくてもいいから。他の人が何をしているかは分かってほしいし、分からなければリスペクトできない。私も会計の素人だが、会計の話を延々としている。

KLab(株) は 8月が期末で、 ここ何週か決算の話を定例ミーティングですることが多かったので 「会計の話」 になったわけですが、 技術職以外の職種についてもきちんと知って、 お互いをリスペクトできるようになって欲しいと思っています。

さて、 「技術者の成長にとって一番役に立つ会社」 を目指している私としては、 どこかで技術者の成長の話をしたいと思っていたのですが、 会場からの最後の質問で 「自分の部下や新卒 1 年生に、 今後こういう風になるからちゃんとやっておけというのがあれば」 という問いかけがあった (いい質問ですね!) ので、 話しました:

仙石 技術者という職種はすごく難しいと思う。 誘惑がたくさんある。次から次へと新しい技術が出てくる。 「ちょっと」 Ruby を勉強しておこうか、って思うじゃないですか。 いろんな言語が出てきて、 何から何まで「ちょっと」勉強してみるというのがあまりにも多すぎるのでは。 「Hello, world.」 を表示させるだけのように、 表層だけ学んで時間を浪費することが多すぎる。 考えることが大事というのはまったく同感。 どんな時代でも、考える力がすべて。 どこまで深く考えられるか。知識を求めることに貪欲になりすぎるな。

知識だけ詰め込んだ 「偽ベテラン」 に陥らないようにして欲しいと思います。

といった感じで、 パネルディスカッションは終わったのですが、 すでに時間を大幅に超過しているにもかかわらず、 森さんから 「最後に、CTO からの熱いメッセージを手短にお願いします」 と言われたので、

会社に対する不満がウェブで山ほど出てくるが、 嫌々する仕事は成長に役立たない。 嘘でもいいから「この仕事をやっててよかったな」と思ってほしい。 どんな仕事でも好きでやってほしい。 今の仕事を楽しむところから成長は出てくる。難しいですけどね。

実は最近読んだ本 「脳に悪い7つの習慣」 に、

脳は気持ちや生活習慣で、その働きがよくも悪くもなる。
この事実を知らないばかりに、脳力を後退させるのはもったいない。

脳に悪い習慣とは、
(1)「興味がない」と物事を避けることが多い
(2)「嫌だ」「疲れた」とグチを言う
(3)言われたことをコツコツやる
(4)常に効率を考えている
(5)やりたくないのに我慢して勉強する
(6)スポーツや絵などの趣味がない
(7)めったに人をほめない
の7つ。

と書いてあって、 なるほどな~と思いながら読んだので、 仕事を楽しんで欲しいという話をしたのでした。 私自身はなにごとも楽しんで取り組むタチなので今一つ実感できないのですが、 なにごとも嫌々やってると身につかないだろうなぁと思います。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 11:47
2009年10月1日

新卒の内定者とかけて、がらがらの道路ととく。その心は?

KLab(株)は、 2007年から新卒採用を行っています。
今年も例年通り、10月1日に内定式を行いました。

- o -

みなさん、内定おめでとうございます。 社長のお話が終わり、 みなさんは自己紹介が終わって、 緊張もだいぶほぐれてきたのではないかと思います。 これからの私の話はどーでもいい話なので、 リラックスして聞いてもらえればと思います。

唐突ですが、渋滞が起きる原因って知っています?

みなさん、いきなり何を言い出すんだ、という顔をしていますね?

渋滞が起きる理由なんて、 そりゃ車が多いからに決まってるだろう、 という声が聞こえてきそうです。 確かに道路を流れる車がどんどん増えると、 交通量がある限界を越えると、 渋滞になるのはアタリマエのような感じがします。

でも、 大渋滞が起きているときと、 混んではいるけど流れているときの交通量と、 どのくらい違うと思いますか? あ、もちろん工事や事故などで車線が減っている場合は、 そのぶん交通量は減りますから、対象外とします。 高速道路など流れを妨げるものが特にない道路で起きる、 いわゆる自然渋滞についてのみ考えます。

確かに大渋滞のときって車がたくさん詰まってるので、 交通量が非常に大きいような気がしますが、 みんなノロノロ運転だったり、 ひどい渋滞だと完全に流れが止まってしまっているときもあるわけで、 極端に言えばいくら車の台数が多くても、 スピードがゼロであれば、 ゼロに何台掛けてもゼロですから、 交通量としてもゼロです (正確には、 交通量[台/時間] = 車数[台] * 車速[距離/時間] / 車間[距離])。

ぐだぐだ説明してしまっているからすでにおわかりだと思いますが、 実は普通に流れているときも、 ノロノロ渋滞も、 交通量の観点で言うとほとんど変わりません。 むしろ渋滞一歩手前の流れているときの方が流量は多いかもしれません。

さて私は何を言いたいのでしょうか?

道路というのは押し並べて車を流すことが目的であるわけです。 つまり交通量というのは道路の「成果」ですね。 流れている道路と、大渋滞の道路、 「成果」が変わらないのに大渋滞の道路は大変な苦痛を伴います。

同じ成果が得られるなら、 苦痛が無い方がいいに決まってます。 ところが先月の大型連休のように、 交通量が増えると決まって大渋滞が起きますし、 会社では受注量が増えるとデスマーチが起きたりしますし、 「忙しい忙しい」 が口癖の人は、 TODOリストが長くなればなるほど気が急いてしまって仕事が手につきません。 先手先手で仕事をまわしている人と、 後手後手にまわってしまっている人とでは、 やってる仕事の量自体は大差なくても、 天と地ほどの評価の差がついてしまったりします。

どうやったら渋滞を防げるのでしょうか? 交通量が増えてしまってから防ごうと思っても、 大量の車を前にしては、 なすすべありませんよね。

みなさんは今、がらがらの道路なのだと思います。 どうやったら渋滞を起こさずに成果を出し続ける人生を歩むことができるようになるのか、 これから入社までの半年間じっくり考えてみてはいかがでしょうか。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 11:46
2009年9月2日

自分が何が出来るかじゃないんですよ。何がやりたいかだと思うんです。

以前、(株)ウェブキャリアの川井社長(当時)に取材していただいて、 お話しした内容が 「Webエンジニア武勇伝」として掲載されていたのですが、 現在その「武勇伝」のページが一時的に閉鎖されているのと、 幸い川井様から転載の許可をいただけたので、ここに全文を掲載します:

川井
本日は、Webエンジニアの武勇伝ということでお願いいたします。 趣旨については、メールでも触れましたが、 弊社の行っているエンジニアのキャリア支援事業の一環として、 「エンジニアのためのロールモデル」を提示したいと思っておりまして、 トップエンジニアの方々のインタビューを通じて、 そのヒントを提供できればと思っております。
仙石
なるほど。こちらこそよろしくお願いします。
川井
仙石さんのようなすごい方になると、 若いエンジニアからすると雲の上の存在でもあるので、 親近感を与えるためにも子供の頃のお話などもお聞きしています。
仙石
どういうところが「雲の上の存在」と感じるんですかね?
川井
ポジションもありますし、 ネット上でお名前がいっぱい出ているというのが大きいんじゃないでしょうか。
仙石
ポジションといってもたかがベンチャーですし、 どうということはないと思いますよ。 名前が出ているのも昔から長いことやっているだけですから。 まあ、そう思う人が多いっていうのも私なりには分かっているんですけども、 ある程度、技術が好きな人であればほとんどの人が、 私と同程度のことはできるんじゃないかなって気がします。
もしも、自分にはそんなことができないって思うんであれば、 できないと思うことこそが出来ない理由なのかなって思います。 自分で自分をけなしてもしょうがないんですけど、 私がやってきたことなんて誰にでもできることなんじゃないかなっていうのが 正直な感覚なんですよ。 ある意味、やる気があればできる世界じゃないでしょうか。
川井
なるほど。 ブログで拝見した「向き不向き」という話もありますし、 のちほどその辺りも詳しくお聞きしたいと思います。 それでは、まずはコンピュータとの出会いからお聞きしたいと思います。 コンピュータとの出会いは中学1年くらいだとおっしゃっていましたけど、 学校でという感じですか?
(続きを読む...)
Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 08:02
2008年7月22日

技術力が高い人こそ、ビジネスモデルの良し悪しにもっと敏感になるべき

先週参加した社外の飲み会 (私は飲めないので専らウーロン茶でしたが) で、 Linux ディストリビューションの開発や、 カーネル技術を売りにしたコンサルティングで有名な某社の カーネル技術者とお会いしました。 彼はいま伸び盛りの若手カーネル・ハッカーなのですが、 オープン・ソース・ソフトウェア (以下 OSS と略記) ビジネスについて熱く語ったり、 ディストリビューションをサポートし続ける使命感に燃えていたのが、 わたし的にはちょっと気になりまして、 ひとこと言いたくなってしまいました(お節介ですね ^^;)。

ディストリビューションのサポート体制 (カーネルのバグにも的確に即応できる体制) を維持し続けることによって、 多くの企業で Linux を安心して使ってもらうことができて、 それが OSS の発展につながるし、 それこそが自分の使命だと彼は考えているようでした。 それはそれで意義あることだとは思うのですが、 彼のような優秀な技術者には、 「サポート」という目的だけに捕らわれず、 もっと自由に興味の赴くまま学び、 自らのスキルを伸ばしていって欲しいと思ったのです。

OSS 関連のビジネスというと、 すぐ、 サポートでお金を稼ぐとか、 OSS 活用のコンサルティング事業とかの発想をする人が多いのですが、 誰もが思いつく事業だけに、 ビジネスモデルとしては稚拙な部類と言わざるを得ません。 高い技術力がそのまま売りにつながった前世紀ならいざ知らず、 競争が激化してビジネスモデルの巧拙が事業の成否を大きく左右する昨今、 いまだに何の「ひねり」もない「OSS サポート」に固執するのは、 いかがなものかと思うのです。

技術コンサルティング事業というと聞えはいいのですが、 要は「人月ビジネス」です。 どんなに優秀な技術者 (「ピンからキリまで」 の「ピン」ですね) であっても、 一人月 1000万円払ってくれるお客がいるはずはなく、 素人技術者 (以下「キリ」と略記) の 5~6倍の人月単価を稼げば御の字というのが実状ではないでしょうか。 だからコンサルティング事業といいつつ、 高額のソフトウェアを売り付けてライセンス料を稼ぐことのほうが、 メインの目的だったりする会社もあるわけです。

ただあいにく OSS の場合は高額のライセス料を請求するのは無理があります。 せいぜい保守料と称してわずかばかりの費用を請求するのが関の山でしょう。 だから OSS のコンサルティングというのはあまりよいビジネスモデルとは言えません。 ものすごい労力とコストをかけてピンをそろえて (お客に高いね~と言われつつ) 5倍の人月単価を設定するくらいなら、 コストをかけずにキリを大量に集めて格安な人月単価で売りさばく (いわゆる派遣ビジネス) 方が、 経済合理性にかなうというものです。

キリに成長の機会も与えずに 「若いだけが取り柄の労働力」 として派遣して使い捨てにする事業は当然非難されるべきですが、 労働時間では測りしれない価値を持つはずのピンを人月換算してしまう事業もまた、 非難されるべきではないでしょうか? 人月ビジネスでは売上を増やすには人員を増やさざるを得ず、 売上が拡大しても決して余裕は生まれません。 いやそれどころか、 どんどん仕事を片付けてくれる優秀な技術者にどんどん仕事が集中して、 優秀な技術者ほど疲弊する、 という理不尽なことも起り得ます。

頼りにされるあまり、多くの仕事がその人に任されることになる。 できる人に、仕事が集中するのは、よくある話で、 その人は、回りの期待にこたえようとして、遅くまで残業して、 休日も出社したりする。 この状態が、一過性のものだったら良いんだけど、 慢性的なものになると、肉体も精神もぼろぼろになっていく。

ピンとキリでは生産性で何十倍~何百倍 (私は 3桁の差があると日頃から主張していますが) もの差があるのに、 わずか 5~6倍の売上の差しか出せないのは、 「儲ける仕掛け」が無いからです。 ピンの労働時間を人月換算するのではなく、 ピンの技術なしには実現できないような (つまり競合他社には構築不可能な) 儲ける仕掛けを編み出して売上を増幅し、 それによって生じた余裕でピンの仕事量を思いきって抑えることによってこそ、 その優秀さに報いることができるのだと思います。

そうすれば仕事の負荷が軽くなったピンは、 ピンならではの新しい価値を産み出すことに注力できます。 新しい事業のシーズを産み出す研究開発でもいいですし、 あるいは OSS から恩恵を受けている企業であれば、 ピンの人が (勤務時間中も) OSS コミュニティで活躍することを奨励することによって、 OSS の世界に「恩返し」することもできます。

前世紀は技術力が高ければ儲ける仕掛けを誰でも作ることができた時代でした。 つまり優れたソフトウェアなら結構な値段で売ることができたのです。 マーケティングがしっかりしていれば、 開発費を大幅に上回る売上も達成できました。 典型例はマイクロソフトですね。 ピンが作ったソフトウェアを何億本も売ったわけで、 ピンの労働力が人月単価の何万倍もの価値を生んだことになります。 その後 OSS の発展と普及により、 ソフトウェアを売るだけというビジネスモデルは行き詰まりました。 今ほど新しいビジネスモデルが重要となった時代はないと言えるでしょう。

さらにいうと、 技術者が優秀であればあるほど、 その「シーズ」は一般人の「ニーズ」からかけ離れていく、 という難しさもあります。 例えば、 優れたカーネル・ハッカーの技術を、 真に必要とする人が世の中にどれだけいるのか?という問題です。 技術の素人である大多数の消費者にとっては、 小難しい技術のことなんか全く分からないし興味もありません。 高い技術力が売れるどころか、 逆にその高度さが「需要」を減らしてしまう原因となりかねません。

高度な「シーズ」と一般の「ニーズ」を結び付けるには、 高度なビジネスモデルが求められるわけで、 技術者がハッキングの合間に思いつくようなビジネスモデルではお話になりません。 優れたカーネル・ハッカーが、 四六時中寝る間も惜しんでカーネル・ソースのことばかり考えているのと同様、 優れたビジネスモデルを考え出すビジネスの戦略家 (以下、戦略家と略記) は、 四六時中寝る間も惜しんで儲ける仕掛けのことばかり考えています。 素人考えのビジネスモデルが通用すると思うのは、 C言語を覚えたばかりの素人技術者が、 カーネル・デバッグに挑もうとするくらい無謀なことでしょう。

当たり前のことですが餅は餅屋であり、 技術のことは技術者に任せるべきですし、 儲ける仕掛けのことは戦略家に任せるべきです。 優秀な技術者は、優秀であればあるほど、 優秀な戦略家と組むべきなのです。 ところが世の中の大半の会社はそうなっていません。

超優秀なハッカーは互いに認め合う技術者同士ばかりで集まり、 ビジネスモデルの重要性を軽視してしまいます。 ビジネスモデルなんて自分たちだけでも考え出せると思ってしまい、 社員のほとんどが技術者、なんて会社になってしまいます。 実地に売り歩く営業の必要性にはさすがに気付いて営業担当者を数人雇ったり、 あるいは社長が自ら売り歩いたりするようになるものの、 儲ける仕掛けの構築には無頓着で、 旧態依然としたビジネスモデルのままだったりします。 そのため事業を拡大しても余裕が生まれず、 ちょっとした外部環境の変化でたちまち立ち行かなくなる恐れがあります。

逆に、優れた儲ける仕掛けを生み出すことができる有能な戦略家は、 一日24時間、儲ける仕掛けを考え出すことばかりに夢中で、 その仕掛けを下支えする高度な技術のことは軽視してしまいます。 技術なんて下請けをいじめればなんとでもなると考えてしまい、 決して技術者をパートナーとは考えません。 技術者を、売るものを作ってくれる便利な人と考えてくれればまだマシなほうで、 下手するとコストばかりかかる必要悪くらいの勢いで、 原価削減の手法をあれこれ考え始めたりします。 しかし技術を軽視したツケは、いろいろな形で払うことになるでしょう。 事業を下支えする技術が脆弱であれば事業の継続性が危ぶまれますし、 技術面で他社との差別化が行なえずに他社の参入を許してしまうかも知れません。

これでは技術者と戦略家の利害はどんどん対立してしまいます。 この悪循環をくい止める唯一の方法は、 技術者が ──特に、優秀であればあるほど── ビジネスモデルの良し悪しを嗅ぎ分ける嗅覚を持つことです。 誰が優れた「儲ける仕掛け」を生み出すことができるのか、 技術者が判断できるようになれば、 人月ビジネスから抜け出す見込みのない会社を見限ることが できるようになるでしょう。

対称性を考慮すれば、 戦略家が技術の優劣を嗅ぎ分ける嗅覚を持つことによっても、 利害対立の悪循環をくい止めることが (理論上は) 可能ですが、 高度に専門化・細分化してしまった技術を、 技術者ではない戦略家に (優劣を判断できるほどに) 理解してもらうことは現実的とは思えません。 戦略家と技術者が協力しあうには、 まず技術者の側が相手を理解する必要があるのです。

そうすれば、 より優れた戦略家のもとに優秀な技術者が集まるようになり、 戦略家と技術者の利害が一致する方向へ淘汰圧が働きます。 すなわち、 戦略家が優秀な技術者と組むことにより、 技術者には (従来想像していた以上に) 優劣の差があって、 どのレベルの技術者と組むかが事業の成否を大きく左右する、 ということが明らかになってくるはずです。

優秀な技術者が事業にどれだけ貢献し得るか実感できれば、 優秀な技術者に対して、その能力に見合った待遇 ──報酬はもちろんですが、 仕事量を減らして OSS コミュニティへの貢献を推奨するなど── を提供すれば優秀な技術者が集めやすくなる、 ということも実感できるようになることでしょう。

技術者の側からすると信じられないことだとは思いますが、 ピンもキリもそんなに大した差ではない (せいぜい 5~6倍) と、 技術者でない人の大半は感じています。 縁遠い技術になればなるほどこの傾向は強まるようで、 例えばカーネル技術者の中でもメンテナとデバイス・ドライバの開発者とでは、 (技術者の目から見れば) だいぶレベルの差がありますが、 (技術者以外の人で) その能力差を実感できる人は皆無でしょう。

技術者の待遇向上の鍵は、 技術者がビジネスモデルの良し悪しにもっと敏感になること、 すなわち会社における技術職以外の職種の役割についてもっと理解し、 技術職以外の人達についても、 その能力の優劣を見分けられるようになることにこそ、 あるのだと思います。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 07:46
2008年4月23日

学生のうちに身につけて欲しい、たった一つの能力

母校の教壇に立ちました。

20年前に学んだ教室 (私が情報工学科で学んだのは 1987年~1990年) で、 20歳年下の後輩に対して行なった、 私にとって初めての授業体験でした。 勉強会やセミナーで講師をしたり、 学会で発表したりは何度もあるのですが、 授業というのは、 また趣きが異なりますね。 2コマ (約三時間) 自由に話してよい、 ということだったので、 そんなに長時間は話がもたないんじゃないかなぁ、 と少々不安を感じながら臨んだのですが、 幸い多くの質問を頂けて、 気づいたら 30分ほど時間を超過していました。

聞き手の学生さん達は現在 4回生で、 そのほとんどは大学院に進学予定ということだったので、 「学生のうちに身につけて欲しい、たった一つの能力」 というテーマでお話しました。 もちろん、「たった一つ」だけだと 3時間も話を引っ張れないので (^^;)、 私が卒業してから現在までの 16年間の社会人生活で学んだことの中で、 一番重要と思うことを三つ挙げてお話したのですが、 三つもあると覚えてられないでしょうから、 ということで「たった一つ」を強調したのでした。 それは、

質問すること

です。

産業界(特に IT 業界) が大学教育に求めること、 というと「コミュニケーション能力」なんかが 筆頭に挙がってしまうことも多い今日このごろですが、 「みんなと仲良くできる」だけでいいのは小学生までで、 社会で活躍していく上で本当に必要な能力といえば、 間違いなく「考える力」でしょう。

で、どうやって考える力を伸ばしていくかですが、 教科書を読んだり問題集を解くだけで身につくわけもなく、 いろんな人の考えを見聞きしながら自分なりに考えてみて、 次第に考える力が身についていくものだと思います。 だから、 出会った人それぞれから、 どれだけその人の「考え方」を吸収できるかが、 一生の間にどれだけ考える力を身につけられるかを左右することになるでしょう。

もちろん、より多くの人に出会うように努めれば、 より多くの人の考え方を参考にできるわけで、 だからこそ「コミュニケーション能力」が重要と主張する人もいるのでしょうが、 スゴイ人に出会えても、 その人から学べなければ折角の機会も生かせません。 優れた人からどれだけ多くのものを引き出せるか、 すなわち臆せずどんどん質問できるかこそが、 考える力を伸ばす最大の原動力になるのだと思います (もちろん質問する能力も一種のコミュニケーション能力ですが、 「コミュニケーション能力が重要」と言ってしまうと範囲が広すぎて、 焦点がぼやけてしまいます)。

例えば、講演会等で、質疑応答の時間になった時、誰も質問しなくって、 大きな会場が静まり返る、という状況はよくありますよね? その静寂を打ち破って質問できるでしょうか? ほとんどの人は、たとえ質問したいことがあっても、 なかなか声を出せないんじゃないでしょうか?
私が個人的に尊敬している人って、 ほとんど例外なくそういう場でも臆することなく質問できる人なんですよね。 「分からない」と言える勇気を持つことと、スキルアップできること、 との間には強い相関があるように思えてなりません。

というわけで、 今日の私との「出会い」を最大限生かすべく、 講演を途中で遮っても構わないので、 (空気を読まずに) 遠慮無く質問してください、 と話してから本題へ移りました。 まあ、私との出会いが 大した足しにならなかったとしても、 恥ずかしがらずに質問する練習だけでも 2コマの授業時間を費やす価値は充分にあると思います。 「出会い」は今後もたくさんあるでしょうから。

ちなみに、「重要と思うこと三つ」の残り二つは、

技術者の地位を向上させるには、 技術者以外の視点にも立ってみて、 技術者自身が視野を広げていかなければならない

と、

これから社会に出ていく学生さん達が最優先で取組むべきことは、 会社と対等に渡り合える実力を身につけるために、 いま何をすべきか考えることでしょう。 そんな実力を身につけることは自分には永遠にムリと思う人がいるかもしれませんが、 ムリと思えば思うほど実現は遠退きます。

です。

授業で使ったスライドを PDF 化したもの と、
FlashPaper で Flash 化したもの ↓ を公開します。

(続きを読む...)
Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 06:56
2008年1月15日

自身の能力をアピールすることは技術者として必須だが、上司にだけアピールするのは最悪!

私自身は、 KLab 社内の技術者たちと、 いつまでも技術者同士の関係でいたいと思っているのですが、 技術者の人数が増えてくると、 仕事上の接点がほとんどない人もでてきます。 そして社員の側からすると、 私は (いちおー ;-) 取締役なので、 おいそれとは話せない恐い人などと根拠無く思い込んでるケースも、 残念ながら皆無というわけではありません。

それではいけないということで、 日頃あまり接点のない人たちを中心に、 無理矢理 (^^;) ランチに誘って話する、ということをしています。 先日も隣の部署の N さんと二人でランチへ行きました。 彼とは入社直後の社員旅行で少し話をしただけで、 その後は話す機会がほとんどなかったのです。

それまで私は知らなかったのですが、 実は彼は高専時代にず抜けた存在で、全校で表彰されたこともあったそうです。 プログラミングが大好きで、いろんなものを作っては、 学校内でアピールし注目を集めていたとか。 しかしながら KLab 社内ではどちらかといえば目立たない存在だった (目立たなかったので私も話す機会がありませんでした) ので、 高専での活躍ぶりとのギャップを感じざるを得ませんでした。

そこで、 何がきっかけで自身の成果をアピールするのを止めてしまったのか尋ねました。 すると、

新卒で就職した会社 (≠ KLab) で、 開発ではない部署に配属されてしまった。 何事も挑戦ということでしばらくは配属された部署で頑張ったが、 やっぱりプログラミングを仕事にしたいと思い、 上司に何度も自身の能力をアピールしたところ、 ことごとく却下されてしまった。 それどころかアピールすればするほど周囲の評価も下がるぐらいで、 ついにはアピールするのを止めてしまった。

という答が返ってきました。

確かにそういう人は多いのだろうなぁと思います。 日頃、アピールすることの重要性を説いている私としては残念でなりません。 そもそも誰だって、 他の人より得意なことがあれば、 それを自慢したくなるのがフツーでしょう。 だからアピールする習慣がない人って、 元々アピールするのが嫌いだったというわけではなくて、 何らかのきっかけでアピールするのを止めてしまったのだろうと思います。

きっかけにはいろいろあるでしょうが、 N さんのように、 アピールしても周囲から評価されなかったり、 それどころか怒られたり、 周囲から浮いてしまって仕事が進めにくくなったり、 そういう嫌な経験をすれば、 だんだんとアピールするのが億劫になってしまうのは仕方がないところだと思います。 N さんの話に頷きながら、 ふと一つのフレーズが頭の中に浮かんできました:

自身の能力をアピールすることは技術者として必須だが、
上司にだけアピールするのは最悪!

技術者にとって重要な能力というと、 一つは間違いなく「スキルアップする能力」でしょう。 誰だって最初は初心者です。 プログラミングの勘所が最初から分かっていたなんて人は (たぶん) 皆無で、 初めて書いたプログラムを後に読んでみると、 その稚拙さ加減にあきれてしまう、というのはよくある話です。

最初は誰しも稚拙なプログラムを書いていたのに、 どんどん能力を伸ばす人がいる一方で、 多少は「形」を覚えて「それなりの」プログラムが書けるようになるものの、 本質的には初心者と代わり映えしない人 (偽ベテラン) もいて、 いつのまにか両者の間には生産性で 3桁の差がついていた、 なんてことが起こり得ます。

技術者にとって重要な能力がもう一つあります。 それが「アピールする能力」。 言うまでもなく技術者だけではお金にはなりません。 技術者の能力をお金に換える人 ──例えば技術者が作ったものを他の誰かに売り付ける人──と、 一緒になって初めてお金が稼ぐことができるわけです。 でも、どうやってその「換金してくれる人」を探せばよいのでしょうか?

実は「換金してくれる人」も技術者を探しています。 そりゃ、売るものがなければお金を稼げませんから、 技術者の能力を換金しようと思っている人が技術者を探すのは当たり前ですね。 だからわざわざ技術者の側からアクションを起さなくても、 学校には「求人票」が貼られ、 巷には転職斡旋会社の広告が氾濫しているわけです。 テキトーな会社を選んで面接を受ければ雇ってもらえてお金をもらえます。

とはいえ、受け身の姿勢よりは自ら動いたほうが有利になるのは世の常です。 学校に貼ってある求人票に限定した就職活動や、 あるいは転職エージェントの勧めに従うばかりの転職活動よりは、 自ら主体的に会社探しをしたほうが「高く」換金してもらえる可能性が高まります。

会社に雇ってもらった場合、 配属された部署の上司が「換金してくれる人」になります。 もちろん上司が一人でお金を稼いでくるわけではありませんが、 技術者から見れば、 自身の能力に対して評価し給料を決めてくれるわけですから、 自身の能力を「換金してくれる人」と言ってもいいでしょう (正確に言えば、換金してくれる人たちの集団の窓口的存在ですね)。

ところが、ここに一つ問題があります。 技術者に得手不得手があるのと同様、 「換金してくれる人」にも得手不得手があります。 技術者からすれば、 私はこんなに優れた能力を持っているのに、 どーして換金してくれないんだと思うのと同様、 「換金してくれる人」からすれば、 私はこーいう技術ならお金に換えられるのに、 どーしてそういう技術を持っている人がいないんだと思っていたりします。

「能力を上司が正当に評価してくれない」と不満に思っている場合、 十中八九その上司は、 「求める能力を部下が持っていない」と不満に思っているはずです。 このような状況で、 部下が上司に自身の能力をアピールして事態が改善するでしょうか。 きっと上司はこう思うはずです: 「そんな能力はお金にならない」。

より正確に言えば、 その上司が換金できる分野と、 技術者である部下の得意分野とが一致していないだけなんですが、 部下が自分の得意分野以外のことに興味がないのと同様、 上司は自分が換金できない分野には興味がありません。 そんな上司に執拗にアピールすれば、 事態を改善するどころか悪化させかねません。 技術者がすべきことは、 自身の能力を上司が換金できないのであれば、 他の「換金してくれる人」を探すことです。

ところが、 前述の N さんをはじめ多くの技術者は、 逆のことをやってしまいます。 「換金してくれる人」を探すのではなく、 上司に「換金してくれ」と懇願したり、 あるいはそれが却下されると、 もう世界にはただ一人も換金してくれる人はいないと 探すのをあきらめてしまったりするのです。

冷静に考えれば、 これは全くナンセンスであることが分かりますよね? 一口に IT (情報技術) と言っても、 様々な分野があります。 ある技術者の得意分野を最もうまく換金できる人が、 たまたまその人の上司だった、 なんてことがもし起これば、 それはすごくラッキーなことだと思いますが、 そんな幸運がそうそう起こるはずはありません。

自身の技術を上司が換金してくれなかったとしても、 そんなことは確率からいえば 「よくあること」 なわけで、 決してその技術が 「お金にならない」 ことを意味しません。 自身の技術が上司に評価されないときこそ、 より積極的に、上司以外の人に向かって、 自身の技術をアピールすべきでしょう。

より多くの人にアピールすれば、 それだけ「運命の人」にめぐりあう確率は高まります。 「この分野にかけては誰にも負けない」という得意分野を持っている人は、 より多くの人へ、 部署内だけでなく社内全体へ、 社内だけでなくより広い世界に対して、 どんどんアピールしていって欲しいと思います。 探す範囲を広げていけば、 その能力を換金してくれる人がきっと見つかるはずです。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 11:15
2007年5月16日

技術者の成長に役立つ会社とは?(2)

技術者の成長に役立つ会社とは?(1) をとても多くの方々に読んで頂けました。 頂いたコメントや、 はてなブックマークに頂いたコメントを見ると、 賛同/批判 両方の立場から様々なご意見がありますね。 拙文が多くの方々の考えるきっかけになったのだとすれば、 書いた甲斐があるというものです。 特に学生さんにとっては、これから自身の人生を切り拓いていくのですから、 いま自分の将来について考えることは、 必ず後の人生にとってプラスになることでしょう。

以下に述べるのは、私が考える「技術者の成長に役立つ会社」の条件です。 他の人は異なった考えを持つかもしれませんし、 私自身も常に考え続けているので、 「役立つ会社」の条件が変ってくることがあるかも知れません。 しかし、 「技術者の成長にとって一番役に立つ会社を目指したい」というその思い自体は、 私が技術の責任者であり続ける限り、変らず持ち続けたいと思っています。

成長を邪魔しない会社

エラソーに「技術者の成長に役立つ会社」の条件と言っておきながら、 最初の条件が「邪魔しない」かよ、 えらく後ろ向きな条件だな、 という非難の声が聞こえてきそう (^^;) ですが、

上司は思いつきでものを言う(新書)
橋本 治 (著)

にも書かれているように、

会社は上司のピラミッドを骨格として、現場という大地の上に立っている。 「上から下へ」という命令系統で出来上がっていて、 「下から上へ」の声を反映しにくい。 部下からの建設的な提言は、 拒絶されるか、拒絶はされなくても、 上司の「思いつき回路」を作動させてしまう。

ということは、極めてありがちなのではないかと思います。 つまり、上司は体面を保つ必要がありますから、 部下に接するとき、 部下の良いところを誉めるだけではなく、 つい「粗探し」をして一言追加したくなるものだと思います。

だって、部下のことを 100% 肯定するだけでは、 上司の存在価値が危うくなりますからね~。 なにか部下の至らない点を無理矢理にでも見つけ出して、 教訓めいたことを言って上司の威厳を保ちたくなるものでしょう。

もちろん、部下の狭量な考えを正すために、 いろんな意見を言ってやることが必要なケースもあるでしょう。 「思いつきで」言うことが全て悪いと言うつもりもありません。 しかし、 部下の短所を矯正することばかりに熱中していては、 部下が技術者として成長することを妨げることになりかねません。 例えば、

キミは技術は優れているんだが、 もうちょっと仲間とうまく仕事をやっていくよう努力してもらえんかね? キミも社会人なんだから学生気分は早く捨てて、 チームワークを重視して仕事してもらわんと困るよ。

なんて言ってないでしょうか? 技術が (おそらく上司よりも) 優れている部下に対し、 その得意な技術をもっと伸ばすことよりも、 その部下がニガテとしていること、 例えばコミュニケーション能力を 「人並みに」身につけることを優先するよう要求してしまうわけです。

「感情的コミュニケーション」は、 若いうち (例えば 30歳前半まで) は手を出さないようにして欲しい コミュニケーション能力である。 特に研究者や技術者を目指そうとする若い人たちには、 周りの人がどう思うかなんかは気にせず、 (「空気嫁!」などの罵倒は無視して) 我が道を進んで欲しい。

コミュニケーション能力なんて、 歳をとって頭が固くなってからでも充分身につけることができます。 そもそも技術者にとって「人並み」のコミュニケーション能力なんて、 どれほどの価値があるというのでしょう? 技術者としての成長を考えるなら、 若いときにしか学べない「技術の本質」を身につけることこそ、 優先すべきではないでしょうか。

以上は、積極的に「成長を邪魔する」ケースですが、 以下のように、消極的に「成長を邪魔する」ケースも、 ありがちなのではないかと思います。

すなわち、 技術者の成長を第一に考えるのなら、 それぞれの技術者が自身の能力をフルに発揮して、 得意なことをとことん伸ばすことができるような 活躍の場を与えるべきだと思うのですが、 現実の会社だとそういう「適材適所」は、 なかなか難しいケースが多いかも知れません。 適切な活躍の場を与えないというのは、 成長を邪魔しようと意図しているわけではないにせよ、 結果として邪魔しています。

例えば、 新入社員がある特定の分野において素晴らしい能力を持っていたとしても、 その分野の業務に先任者がいたらどうでしょうか? その先任者を異動させてまで、 新人にその分野の業務を任せる、 という会社は多くはないでしょう。 むしろ、 新人が何が得意か検討して配属先を決めるというよりは、 人が足らない部署への配属を優先する会社の方が 多数派であるような気がします。

さらに言えば、 配属後も新人には雑用ばかりをやらせ、 能力を発揮できる仕事を任せない、 なんてこともあるのではないでしょうか。 上司と同様、 先輩にもメンツというのがありますから、 たとえ後輩の方が能力が高かったとしても、 それを素直に認めて立場を逆転させる (つまり先輩が新人の指示に従う) よりも、 新人の至らない点を無理矢理にでも見つけ出すことに熱中し、 雑用を押し付けることに終始してしまうものなのかも知れません。

会社ってのは、 部下や後輩の技術者の成長を邪魔してしまえ、とささやく誘惑に満ちています。 私自身、そういう誘惑に負けそうになることが全く無いと言えば嘘になります。 部下や後輩の技術者の成長を邪魔していないか、 常に自省し続けることこそ、 「技術者の成長に役立つ会社」の第一の条件と言えるのではないでしょうか。

技術者を「技術そのもの」で評価する会社

技術者が邪魔されずに成長できたとしても、 その成長を「技術そのもの」できちんと評価してあげられなければ、 片手落ちです。 技術的に成長したら成長したぶんだけ、 きちんと評価されて給料が上がる、 こうしてはじめて、 技術的に成長しようという意欲が継続するのだと思います。

こういう話をすると、 なぜ技術的に成長したからといって給料を上げる必要があるのか、 と思う人がいるかも知れません。 会社は技術者養成機関ではありませんから、 能力ではなく成果に対して報酬を支払いたい、 と思う人が出てくるのは当然でしょう。 では、「技術者の成果」とは何でしょうか?

「技術者の成果」とは何でしょう?
技術者が作ったものから得られる売上でしょうか? もちろん、それだけではないですよね? 「青色LED」のように最終的に莫大な利益を生み出したものは、 とても分かりやすい「成果」ですが、 サーバシステムの運用などのような縁の下の力持ちの仕事だって立派な成果ですし、 さらに、自分自身では何も生み出さなくても、 社内の技術者を育てることや、 社内の技術をブログなどで発表して会社の知名度を上げることなども、 立派な成果と言えるでしょう。

技術者という人材を「人財」すなわち会社の資産と考えるのであれば、 技術者の成長とは、「人財」の価値の増加、 すなわち会社の資産の増加を意味します。 売上は単にそのとき限りのフローに過ぎませんが、 技術者の成長はストックとなるわけです。 会計数字には現われにくいので見落とされがちなのですが、 技術者自身の成長こそ、 本来は最も評価されるべき「成果」と言えるのではないでしょうか。

しかしながら、 技術者の成長を「技術そのもの」で正当に評価することは、 容易ではありません。 「技術そのもの」で評価しようとすれば、 その技術分野の概要を理解している程度では全くダメで、 いざとなったら部下の仕事を代行できるくらいの技術力が、 評価する側に求められます。

もちろん、 いろんな得意分野を持つ部下たち全員において、 その仕事を完全に代行できることを上司に求めるのは無理な話でしょう。 部下全員の技術力のスーパーセットの技術力を上司の条件にしていては、 上司のなり手がいなくなってしまいます。

かといって、 半期ないし一年における部下の技術面での成長が、 どのくらい優れたものといえるのか評価できなければ、 つまり毎回「よくできました」「もっとがんばりましょう」などの 概要評価ばかりでは、 部下のモチベーションが下がってしまうことでしょう。 まして、技術面で部下の能力を評価するのを放棄して、 部下の関わったプロジェクトの売上高をそのまま部下の評価としていては、 技術的に成長しようというモチベーションを持続させることは不可能でしょう。

給料の一部が売上 (ないし利益等) に連動する、 ということはあってもいいとは思いますが、 技術力に連動する部分もあるべきで、 技術的に大きく成長したときはきちんと給料に反映させ、 あまり成長できなかったときは何が足らないのか、 きちんと指摘してあげるべきだと思うのです。

それには、 部下それぞれの得意分野について、 パフォーマンスの観点では部下に劣ることがあったとしても、 少なくとも技術内容の理解の観点では勝るとも劣らないことが 重要ではないでしょうか。

もちろん、これとて容易なことではありません。 部下が極めて優秀な場合、 その技術的背景をマトモに理解するには大変な労力が必要となるかも知れません。 つい、技術で評価するのを放棄して、 技術とは関係ない点を持ち出したくなるものだと思います。 しかし、 いくら大変でも、いくら時間がかかっても、 部下の技術を一生懸命理解しようとすることが重要だし、 理解しようと努力し続けてはじめて、 「技術力ではないところで部下を評価してしまえ」という誘惑に 打ち克つことができるのではないでしょうか。

得意分野を見つける余裕がある会社

現在の仕事が自身の得意分野に一致していて、 かつその仕事が好きであれば、 技術者にとってそれは理想的な仕事と言えるでしょう。

一生の時間のうちのかなりの時間を仕事に費やすのですから、 一生かけて取り組みたいと思うようなことをすべきだと思うのです。 好きなことをやっててお金がもらえれば苦労はしない、 と多くの人は言うでしょう。 でも、本当に一生かけてもやりたいほど好きなことってありますか?
面接 FAQ (4) から引用

しかし、 「やりたいこと」そのものズバリを、 最初に就職したときから仕事として やり続けてきた、 という人は少数派でしょう。 (私を含めて) 多くの人は、 いろんなことをやっているうちに、 「これだ」という仕事に出会い、 それにのめり込んでいくものなのではないかと思います。

あるいは、 今の仕事が一番自分に向いていると思っていたとしても、 なにかのきっかけで他の分野のことをやってみたら、 その分野のほうが魅力的であると感じ、 どんどん引き込まれてやっているうちに、 そっちのほうが自分に向いていることに気づく、 なんてこともあるかも知れません。

だから、 本業以外にも、 業務と関係ないことでも、いろいろ挑戦して欲しいと思っています。 ふとしたきっかけで始めたことが、 もしかすると自身の隠れた才能が開花することに 繋がるかも知れないのですから。

本業以外に熱中できる新分野を見つけた部下に対し、 「新分野を頑張るのはいいけど本業も忘れずにね」という忠告はするけど、 その新分野への取組みも大いに応援する、 KLab(株)はそんな会社でありたいと思っています。 勤務時間の 10% は本業以外のことを好き勝手にやっていい、 もし見込みが出てきて周囲から認められるレベルになったら、 それを本業にしてしまってもいい、 という「どぶろく制度」を作ったのも、 熱中できることを見つけるチャンスを逃して欲しくない、という思いからです。

本業の完璧な遂行もいいのですが、 自身の能力を最も発揮できる分野は一体何なのか考える余裕は持って欲しいですし、 技術者それぞれが最も自分に向いている仕事に出会えるように手助けすることこそが、 技術者のための技術会社の存在意義なのではないかと思います。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:34
2007年4月24日

技術者の成長に役立つ会社とは?(1)

ここ何ヵ月か、就職活動中の多くの学生さん達と話す機会を得ました。 いろんな方々と話しているうちに、 会社選びをしているはずの当の学生さん達の多くが、 いい会社の条件について確固たる基準を持っているわけではない、 という思いをますます強くしました。

「安定している会社」「福利厚生が充実している会社」「技術を教えてくれる会社」 などなど、 なんとなく「いい会社」のイメージを思い描いているだけで、 それが自身の人生にどう役に立つか、 筋道だった考えを持っているわけではないことに 改めて驚かされます。

安定している会社

「いい会社」のイメージとして、多くの学生さんがいだくものの筆頭は、 「安定している会社」「儲かってる会社」「勝ち組企業」でしょう。

先月 4/14 19:30 NHK で、 特報首都圏「就職戦線異状あり・格差社会の不安」と題する番組があった。 新卒の学生さん達が「勝ち組になる」ことを目指して 就職活動を行なっているのだという。
そりゃ、勝てるものなら勝ちたいと思うのは人の常なので、 これから社会に出ていこうとする学生さん達が、 将来勝ち組になれるような就職先を選ぼうとするのは至極当然のことだと思う。
ところが
学生さん達曰く、「勝ち組になるため、儲かっている会社に就職したい」。

ここんところ選挙などもあったからか、 「格差是正」を訴える声を聞くことが多かったのですが、 そもそも「格差」ってのは、 誰と誰との間の格差なんでしょうか? 「儲かっている会社に勤めている人」と、 そういう「いい会社」に雇ってもらえない人との間の格差なんでしょうか? 自身の実力は関係なくて、 「いい雇い主」に雇ってもらえるか否かが重要なんでしょうか? こういう発想には、まるで 「いい家柄」の出身かどうかを気にする階級主義者や 「血筋」を気にする人種差別主義者と似たニオイを感じてしまうのです。

「儲かってる会社」に勤めていて、高い給料をもらっていたとしても、 その能力は会社の中だけでしか通用しないものかも知れず、 逆に、儲かってない会社に勤めていたとしても、 自身の能力を磨くことを怠らなければ、 会社を飛び出して活躍できるようになるかも知れないってのは、 誰もが思っていることですよね? 昔は儲かっていたけど、 今では会社が傾いて、ついにはリストラされてしまった、 ってのもよく聞く話です。 「最後に頼れるのは己れの実力だけ」って 誰もがよく口にするわりには、 こと「格差」を考えるときに限っては、 「実力」より「どんな会社に勤めているか」のほうが先に出てくるのは なぜなんでしょうか?

「実力を磨きたいのは山々なれど、 実力を磨かせてくれるいい会社がない」とか、 「実力うんぬん以前に、 まず先立つモノ (給料) がないと」とか、 「実力はあるつもりだが、 それを正当に評価してくれる会社がない」とか、 そういった声が聞こえてきそうです。

確かに、ほとんどの会社は 実力を磨かせるより、コキ使うほうを優先するかも知れませんし、 実力をきちんと評価してくれない会社が圧倒的多数なのかも知れません。 しかしながら、世の中の 99.9% までそういう会社だったとしても、 実際に勤める会社は (当たり前ですが) たった一社でいいんです。 圧倒的多数の会社が社員の能力を伸ばすことに非協力的だったとしても、 そんなことはどーでもいいじゃないですか。 重要なのは自分が実際に就職する会社がどんな会社であるかであって、 世の中の会社の平均がどんな状況かではないのですから。

福利厚生が充実している会社

「安定している会社」を求める以上に不可解なのが、 「福利厚生の充実度」を気にする学生さん達です。 いったい会社に行って何をするつもりなんでしょうか?

自身の実力で会社に利益をもたらし、 その見返りに報酬を得る、というのなら筋が通っていますが、 それなら「福利厚生」みたいな中途半端なものを求めるまでもなく、 ストレートに自身の貢献に見合う「お金」を要求すればよい話です。 「お金」を求める自信も度胸もないからこそ、 「制度」としての「福利厚生」を求めるのでしょうが、 実力が足らないのを自覚しているのなら、 「福利厚生」を享受するなんて余裕をかましている場合じゃないでしょう?

これから社会に出ていく学生さん達が最優先で取組むべきことは、 会社と対等に渡り合える実力を身につけるために、 いま何をすべきか考えることでしょう。 そんな実力を身につけることは自分には永遠にムリと思う人がいるかもしれませんが、 ムリと思えば思うほど実現は遠退きます。 世の中にはいろんな会社があるのですから、 自身の能力を磨くのに適した会社は、 見つけようとしさえすれば、きっと見つかるはずです。

「20:80 の法則」 (パレートの法則) というものがある。 「売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している」などの経験則が知られるが、 じゃ、その 2割の従業員だけでドリームチームを作れば、 すごい会社が作れるかというと残念ながらそうは問屋がおろさない。 「2割の従業員」がふたたび「20:80」に分かれてしまうのである。 精鋭チームを作ったつもりが、 そのチームの中の多数 (8割) は売上にあまり貢献しなくなってしまう。 逆に、ダメな従業員だけを集めたダメダメチームを作っても、 その中の 2割ほどは頭角を現し、チームを率いるようになる。
つまり能力を向上させる最良の方法は、自分が上位 20% に入ることを目指せるような集団に属することである。 まさに「寧ろ鶏口となるも牛後となるなかれ」。 上位20% に入ることがどうしても無理なら、 それはその集団が向いていないということである。 牛後に甘んじるよりは思い切って飛び出すべきだろう。

会社をイメージで選ぶのではなく、 どんな会社が自分にとって「いい会社」なのか、 考えることから始めるべきではないでしょうか。

技術を教えてくれる会社

「安定している会社」や「福利厚生」を求めるのに比べれば、 まだマシなのが「技術を教えてくれる会社」を求める学生さん達です。 少なくとも自分の能力を向上させようという意欲は持っているのですから。 しかしながら、 「受け身」の姿勢であるという点では、 大差ないのかも知れません。

「技術を教えてもらう」という態度では、 おそらく永久に上位 20% に入ることはできないでしょう。 「技術は伝えるものではなく伝わるもの」なのですから、 教える側に「充実した伝える方法」(例えば完備された指導マニュアル) を 求めている限り、 決して師匠に追い付くことはできません。 技術の習得に関して誰よりも貪欲であり続けなければ、 上位 20% を目指すどころか、 平均的な先輩たちを追い越すことすら覚束ないことでしょう。

つまり、技術を学ぼうとするなら、 その時点での実力はサテオキ、 「伝わる状態」にかけては自分が一番だと自信を持って言い張れる (つまり、その技術を学びたいという情熱にかけては誰にも負けないと言いきれる) 状態からスタートしなければならないのです。

「技術力のある会社に就職すれば、 そこそこの技術を身につけることができる」 そう考える人が多いのかも知れませんが、 これは二重の意味で間違っています。 すなわち、 「伝わる状態」ができていなければ学べないという意味で間違っているだけでなく、 仮に技術を身につけることができたとしても、 「そこそこの技術」では役に立たないという意味でも間違っています。

インターネットなどの普及によって技術に関する情報が巷に溢れる昨今、 「そこそこの技術」であれば、 会社に勤めなくてもいくらでも身につけることができます。 いやむしろ、 会社に勤めることよりも学ぶ意欲のほうがよほど重要でしょう。 技術力のある会社に就職したから技術が身につく、 なんて甘い考えでいる限り、 できることといえば「技術に慣れる」ことどまりでしょう。

長年やっていれば、誰でもそれなりの技術を習得できます。 極端なことを言うと、 どんなに能力がない人でもそのときの自分の状態にあった程度のことを 実践していけば、 その積み重ねの中でやがてはなんらかの技術を習得することができます。
しかし、このようなものは本来、技術の伝達とはいえません。 これを技術の習得というのも不適切で、 ただ単に技術に慣れただけというのが正確な言い方でしょう。
じつはこのように、 経験と慣れだけで技術を獲得してきた人は世の中にたくさんいます。 私はこういう人を「偽ベテラン」と呼んでいます
組織を強くする技術の伝え方 (畑村 洋太郎 著) から引用

「偽ベテラン」レベルの能力では、 「会社と対等に渡り合える」わけもなく、 そんな「使えない」能力を身につけるくらいなら、 別の分野を目指すべきだった、ということになってしまうかも知れません。

だから、高い技術力を持つから「いい会社」なのではなく、 その技術が自分自身が本当に身につけたいと心の底から思えるような 技術か否かのほうが重要だと思いますし、 技術の高さ低さよりは、 自身が技術を身につけていこうとする際に、 「役に立つ」会社か否かを見極めることのほうが重要だと思います。

では、どんな会社が技術者の成長に役立つ会社なのでしょうか?
続きは次回に...

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:46
2007年2月19日

キャリアにおける「鶏と卵」 ── 「卵」を後回しにして欲しくない

私は「やりたいことを仕事にすべき」と常日頃から主張しているのですが、 自分自身のことを振返ると、 必ずしも「やりたいこと」そのものズバリを 最初からやっていたわけではないことに気づきます。

「鶏がさきか、卵がさきかの議論になっちゃうんだけど」なんて枕詞があるが、 こと20代のキャリアにおいては 「まず目の前の仕事で最高の成果をだすことが"さき"で、 自分がやりたいと思う仕事をおっかけるのは"あと"」というのは 私の中では確信に近い。

確かに、何をやるにしても最初は素人であるはずで、 ずぶの素人が「この仕事をやりたい」と言ったところで、 任せてもらえることはレアケースでしょう。 仮に任せてもらえたとしても、 初めてやる仕事で成果を出せるとは限りません。

私は学校を卒業後、某大企業の研究所に就職し、 遺伝的アルゴリズムの研究に取組みました。 当時は (今も?) 大企業の研究所というのは人気職種で、 今から思えば「やりたいこと」というよりは 「人気の職種だから」やってみたいという思いの方が 強かったような気がします。

もちろん嫌々仕事 (研究) をしていたわけではないのですが、 仕事の合間を見つけては、 本業そっちのけで職場のイントラネット環境の整備に没頭してしまいました。 当時はまだ「イントラネット」という言葉すら生まれていない時代で、 何をするにもいちいち不便なネットワーク環境だったので、 いろいろ改善しようと思ったわけですが、 次第にネットワークの方が面白く感じるようになってしまいました。

入社当時に配属された部署というのは正直私があまり関心がある仕事ではなかったが、 当時はまだ"ひよっこ"という意識が強かったので、 とにかく結果をだすことに専念をした。
(中略)
どちらかというと目の前にある仕事をこなし、 そこで結果をだすのが精一杯で、 自分の関心が本当にどこにあるのかということを真剣に考える余裕も正直なく、 とにかくアサインされたプロジェクトで結果をだすことにがむしゃらになった。
同ページから引用

私の場合、配属された部署というのは関心がある仕事だったのですが、 もっと関心のある分野を見つけてしまったため、 本業 (目の前にある仕事) がおろそかになった、という感じでしょうか。 もしあのとき、 「アサインされた仕事で結果をだすことにがむしゃらになって」いたら、 本当に自分に向いていることを見つけ損なっていたのかも知れません。

確かに、他に熱中できることがなければ、 目の前の「本業」にがむしゃらになって取組むことも重要だとは思うのですが、 自分が本当は何に向いているのか、 いろいろ「かじってみる」余裕は持っていて欲しいと思うのです。

プロ野球選手を目指す子供に対して、 「野球を頑張るのはいいけど勉強も忘れずにね」というような忠告なら有用だと思う。 だけど、「プロ野球選手が本当の自分のゴールかどうかなんてわからないんだから、 まずは(アサインされた)目の前のテストで100点を取りなさい。 野球をするのはそれからだ」とは言わないでしょう?

本業以外に熱中できる新分野を見つけた部下に対し、 「新分野を頑張るのはいいけど本業も忘れずにね」という忠告はするけど、 その新分野への取組みも大いに応援する、 KLab(株)はそんな会社でありたいと思っています。 勤務時間の 10% は本業以外のことを好き勝手にやっていい、 もし見込みが出てきて周囲から認められるレベルになったら、 それを本業にしてしまってもいい、という「どぶろく制度」を作ったのも、 熱中できることを見つけるチャンスを逃して欲しくない、という思いからです。

キャリアは偶然によって作られるものだと私も思う。 なので、その偶然をどう活かすかというのは非常に大切になってくる。 でも「偶然のレベル」と「自分のレベル」は等価なので、 偶然を活かす良いスパイラルを生み出すためには、 まず自分のレベルを上げないと始まらない。 なので、今ある仕事の中で自分のレベルを上げることを第一に考えるべきです。

確かにその通りなのですが、 「偶然のレベル」を引き上げることは、 個人一人一人が自身のレベルを引き上げることによってだけでなく、 「偶然」を起りやすくする環境を会社が整えることによっても可能だと思いますし、 それこそが技術者のための技術会社の存在意義なのではないかと思います。

Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 09:46
2007年1月17日

技術者を目指す学生さんたちへ

いよいよ就職活動本番ですね。 どのような進路を選ぶにせよ、 あとで後悔することのないよう、 じっくり考えて決めたいものですよね。 でも、ただ単に考えると言っても、 一人であれこれ思い悩むのは感心しません。 「思いて学ばざれば則ち殆し」と言いますから、 ぜひいろいろ見聞きした上で考えて頂きたいと思います。

企業への就職を考える場合、まず気になるのは評価制度のことだと思いますが、 まさにこの評価制度が揺れ動いているのが、いま現在と言えるでしょう。 高度成長期以来、長年用いられてきた年功主義に基づく評価制度の綻びが 誰の目にも明らかになってきてはいるものの、 年功に代わる評価方法を模索し続けているのが 多くの企業の現状だと思います。

どこの企業も新しい人事制度を模索し、成果主義が取り入れられつつありますよね。 (同時にコスト削減という意味合いもありますが)
この成果主義という人事制度ですが、 多分どこの会社でもおおよそこんな感じなのではないでしょうか。
●年初に目標を設定(部署ごとの目標・個人の目標)
●3ヶ月か半年ごとに上司と面談
●成果をアピール
●評価の通知
一見、単なる年功序列よりは凄くまともそうなシステムに見えますよね。 でも、実際には明らかな欠点があると思います。 (評価する側の上司がそもそも年功序列組だという点は除いて)
◆短期間にアピールできるようなものにばかり心奪われるようになる
◆業績アピールに繋がらない日常の雑用や、他人の手伝いは避けるようになる
どちらも当たり前の弊害だと思うのですが、 多くの企業ではこれらの問題について見て見ぬフリをしているのではないでしょうか?

ぜひこういった疑問を、どんどん企業にぶつけていって頂きたいと思います。 就職活動というのは、いろんな企業に対して歯に衣着せぬ質問ができる 唯一と言ってもいい機会なのですから。

「評価」には二つの側面があります。 「評価される側」と「評価する側」です。 上に引用した文章は、 「評価される側」にフォーカスした疑問と言えるでしょう。 もちろん学生さんは就職したら評価される側になるので、 「評価される側」から考えたくなるのは当然だと思いますが、 なにごとにも表と裏があります。 片方の側からだけ考えていては考えを深めることはできません。 ぜひ、自分とは異なる立場の視点も持つ習慣を身につけて頂きたいと思います。

「評価」を両方の側から考えてみれば、 「短期間にアピールできるようなものにばかり心奪われるようになる」というのは 評価される側の理屈に過ぎないことは自明ですよね? つまり暗黙のうちに、 アピールがそのまま通るような「無能な上司」を前提としてしまっています。 もし、「評価する側」が 「業績アピールに繋がらない日常の雑用や、他人の手伝いは避ける」人の 評価を下げるのであれば、 このような弊害を避けることは可能でしょう。

引用した文中に「評価する側の上司がそもそも年功序列組だという点は除いて」と ありますが、 まさにこれこそが問題の本質だと思います。 「除いて」しまっていては考えが深まりません。

どのような人事制度であれ、 「評価する人」と「評価される人」の双方に、 その制度の「精神」が徹底できていなければ機能するはずがありません。 そして、 「評価される人」への徹底は、 そもそも徹底できていなければ評価が下がるので、 否が応にも徹底されるわけですが、 「評価する人」への徹底ができるかどうかは、 「評価する人」を評価する人、つまりその上の上司の責任です。

より具体的に言えば、 「短期間にアピールできるようなもの」「アピールしやすいもの」 ばかりを評価の対象としてしまって、 部下の本当の価値を評価できていない上司を、本当に降格できるのか? という問題でしょう。 年功主義では過去の功労者が上司となるケースが多いようですが、 過去に成果を上げた人が、 現在の部下の成果を評価できるのか? という問題であるとも言えますね。

製品には、どうしても長期的な投資が必要なものがあると思います。
例えば日亜化学の青色LEDだって、中村氏が個人で何年もかけて、 会社の中止命令を無視してやり遂げたと著書にありましたし。
もし青色LED開発中に、 3ヶ月ごとに面談していたらどんな評価がされるんでしょう?
失敗続きで亀のようにのろく、先が見えない実験の繰り返しでしょうから、 それらの失敗が将来大きなリターンになって返って来ることを 強く確信している人でなければ、続けられませんよね。
同ページ」から続けて引用

「技術者の成果」とは何でしょう?

技術者が作ったものから得られる売上でしょうか? もちろん、それだけではないですよね? 「青色LED」のように最終的に莫大な利益を生み出したものは、 とても分かりやすい「成果」ですが、 サーバシステムの運用などのような縁の下の力持ちの仕事だって 立派な成果ですし、 さらに、 自分自身では何も生み出さなくても、 社内の技術者を育てることや、 社内の技術をブログなどで発表して会社の知名度を上げることなども、 立派な成果と言えるでしょう。

したがって「3ヶ月ごとの面談」という制度が問題なのではなく、 きちんと技術者を評価できない上司をそのままにしておくのが問題なのです。 そしてそういう上司をそのままにしている上司の上司も問題ですし、 そのまた上の上司の上司の上司にも責任があります。

こうやって責任の連鎖を上へ上へ登っていくと、 技術者の評価制度が機能するか否かは、 技術者の評価について最終的な責任を負う人がいるのか? という点に行き着くことになります。

技術者を目指す学生のみなさんには、 ぜひこの点 ──この会社では誰が技術者の評価の最終責任を負っているのか?── を押えた就職活動をするようお勧めします。 そしてできれば、「誰が責任者か」だけでなく、 その責任者がどんな考えを持っているのか調べられるものは全て調べ、 さらに疑問点があれば直接会ってでも質問するくらいの勢いで 臨んで欲しいと思います。

KLab株式会社 取締役
兼 最高技術責任者
仙石浩明
Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術と経営,技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 07:49
2006年12月14日

年功主義と実力主義 ~大企業とベンチャー~

私が大学を卒業したのはバブル (ネットバブルではなく、その前の前世紀のほう) がはじけた年でした。 当時は今ほどベンチャーは一般的ではありませんでしたし、 研究職を目指していた学生 (含む私) が就職先として大企業の研究所を選ぶのは、 ごく普通のことだったのではないかと思います。 終身雇用を信じていたわけでもありませんでしたが、 かといって自分自身が転職することになろうとは、 あまり考えてもいなかったような時代です。 今から振り返ってみれば「就職」というよりは「就社」という感覚に 近かったのだと思います。

その後の「失われた十年 (20年?)」の間に、 年功主義の綻びが誰の目にも明らかになってきて、 大企業以外の就職先を選ぶ人も増えてきましたし、 転職も一般的になってきました。 とはいえ、 就職先の選択肢が広がってきているわりには、 それぞれの企業がどんなところか実態を知ること無く、 なんとなくイメージで決めてしまっている学生さんも多いのではないでしょうか。 最近になって再び「寄らば大樹」的な傾向が復活しつつあるとも聞きます。

どのような進路を選ぶにせよ、 もっと企業の実態を知ってもらった上で決めて欲しいと 思っていたところ、 先日たまたまそういう機会を頂けたので、 学生さん相手のセミナーでお話ししてきました。

私は大企業の研究所に 8年間勤め、 その後ベンチャー (KLab(株), 当時の社名は (株)ケイ・ラボラトリー) の 立ち上げに参加し、順調に規模を拡大し、現在に至っています。 なので、

  • 大企業の研究所 (前職)
  • スタートアップ (立ち上げ当初のケイ・ラボラトリー)
  • 中規模ベンチャー (現在の KLab)

それぞれについて、実地の体験談をお話したわけです。 幸い、ベンチャーについて、もともと興味を持っていた学生さんもいて、 核心をついた (答えにくいとも言う ^^;) 質問もありました。 大企業とベンチャー、 それぞれの実態について理解を深めてもらえたと思っています。

まじめな東大生、悩みすぎ? 3割がニート不安

よく勉強する半面、将来の進路などに思い悩み、 不安や無気力に苦しむ学生が増えている-。 東大が13日公表した学生生活実態調査で、 こんな東大生の姿が浮かび上がった。
調査は昨秋、学部生約3500人を対象に実施(回収率39%)。 83%の学生が進路や生き方に悩んでおり、 自分がニートやフリーターになる恐れがあると感じている学生も28%に上った。
今朝のSankei WEBから引用

悩んでいるより、まずはいろいろな企業の実態について 見聞きしてみて、じっくり将来のことを考えて欲しいと思います。 私でよければ喜んでお話ししますので、 興味あるかたは是非ご連絡下さい。 ただし、企業の実態をできるだけ正確にお話しする、という主旨なので、 対象は (研究者・技術者を目指す) 学生さんに限定させて頂きたいと思います。

参考までに、セミナーで使ったスライドを FlashPaper で Flash 化したもの ↓ を公開します。 このスライド自体は 10ページしかありませんが、 それは「実態」は口頭でお話ししているからです ;-p。 質疑応答が盛り上がったので、2時間近くかかりました。

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Filed under: 仙石浩明CTO の日記,技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 16:48
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